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全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、これらの受賞者の方々の中から全国表彰受賞者で取材に応じていただけた個人もしくは団体の代表者の方にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していくものです。(掲載は順不同)

平成30年度平成29年度平成28年度平成27年度平成26年度平成25年度平成24年度平成23年度

平成29年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成29年度の全国表彰は4個人、11団体が受賞し、7月30日、新潟県長岡市で開催された1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、受賞者名50音順で表示。)

地 域受 賞 者 名内 容
北海道北見春光七丁目おはようラジオ体操会 さん掲載済
秋田県伊藤 敏春 さん掲載済
茨城県株式会社東京電機 さん掲載済
東京都勝瀬 直久 さん掲載済
東京都東大和市ラジオ体操連盟 さん掲載済
山梨県五味 武彦 さん掲載済
新潟県妙高市新井みんなで走ろう会 さん掲載済
新潟県悠久山ラジオ体操会 さん掲載済
石川県株式会社エリオ さん掲載済
愛知県矢田川 朝の会 さん掲載済
兵庫県名谷公園ラジオ体操の会 さん掲載済
広島県舟入第一公園ラジオ体操会 さん掲載済
高知県水田 敬二 さん掲載済
福岡県元気な木屋瀬校区「健康の会」 さん掲載済
沖縄県株式会社開邦工業 さん掲載済

北見春光七丁目おはようラジオ体操会
(きたみしゅんこうななちょうめおはようらじおたいそうかい)さん 

《北海道北見市》

◎市内で最も古い体操会

北見市は道内でも有数のラジオ体操の盛んな地域で、北見市ラジオ体操連盟に所属する体操会は31あります。独自の研修会があり、指導者が各体操会を巡回して正しいラジオ体操の普及に励むほか、2月の極寒期に耐寒ラジオ体操会を開くなどの活動が知られています。春光七丁目おはようラジオ体操会は、市内で最初に設立された団体で、その歴史は昭和45年から始まっています。周辺は古くからある住宅団地であり、住民の多くはサラリーマン家族とそのOBです。

◎互いに友人感覚でお付き合い


小雨の中を子どもたちも

体操会は毎朝、めぐみ公園を会場に6時20分の「みんなの体操」からスタートします。6時半にはカセットテープからラジオに切り替えて、ラジオ体操第1、第2を行います。参加者は2、30人から多いときで70人ぐらいです。運営委員長の松坂睦夫さんは「とにかく形式ばらず、互いに友人感覚でお付き合いする。」をモットーに会の運営に当たっています。

会場のめぐみ公園の周囲は、町内会の皆さんの努力で5月10日から10月10日までのシーズン中は花の途絶えることがありません。そんなこともあってか、体操会の仲間うちでも花や野菜づくりが盛んで、苗を提供しあうなどの交流が生まれています。

◎何よりうれしいのは子どもたちの姿が見えること


左から佐藤啓さん、松坂睦夫さん、岸美智雄さん

松坂さんが最近うれしかったことは、かつて中学生で参加していた少年が東京の大学生になった後、帰省の折に体操会場に顔を出してくれたことです。「久しぶりに心が躍る出来事でした。」と顔をくしゃくしゃにします。同会には現在も小学生や幼稚園児の姿があり、取材に伺った朝も小雨の中を元気に体操する姿を見ました。

松坂さんと趣味の園芸仲間でもある岸さん、佐藤さんも「ここらは市内でも一番古い団地なので、当然に高齢者が多い。しかし最近は空き家が増えたと思ったらぼつぼつと若い夫婦が入居するようになりました。会場にもその子どもたちが現れるようになって何よりうれしいこと。」と声をそろえていました。

【2017年11月1日掲載】

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伊藤 敏春(いとう としはる)さん

《秋田県秋田市》

◎地元と職場の両方で腕を磨く

伊藤さんにとってラジオ体操が特別のものになったきっかけは、わが子の幼稚園の夏休みに一緒に朝のラジオ体操会に参加したことでした。昭和43年当時、子どもたちの夏休み体操会は7月24日からお盆前の8月12日まで実施されました。子どもについて、熱心に自らも体操するうち町内会から声がかかり、世話役を引き受けました。指導者への第一歩でした。一方、製造業のサラリーマンを定年まで勤めましたが、その間職場での朝のラジオ体操でもリーダー的存在となっていました。地元と職場の両方で経験を重ねるうちに、指導者としての実力と意識が高まっていきました。

◎マンツーマンの受験対策も


伊藤 敏春さん

平成3年に郵政省主催の2泊3日の幹部指導者講習会に参加しました。同じころ、「秋田市ラジオ体操友の会」が秋田市ラジオ体操連盟として新たに発足。その講師となり、以後はラジオ体操の普及推進に邁進されてきました。平成5年湯沢市において開催された夏期巡回ラジオ体操会で、県内のラジオ体操幹部指導員などの有資格者が一堂に会し、秋田県ラジオ体操実施団体代表者連絡協議会が創立されました。平成11年には秋田市ラジオ体操連盟の理事長となり、19年には秋田市で最初の1級指導士の一人に認定されました。

指導者育成にかける伊藤さんの情熱は以後も変わることはありません。公認指導士試験の前には対面動作の指導や学科の模擬試験をマンツーマンで実施するなどします。「30代、40代ぐらいの若い方々が受験するようになりましたので、こちらも力が入ります。」と語っています。

◎必ずラジオ体操をPR

若々しい外見からも想像できるように、81歳の今も忙しい毎日を送っています。秋田県ラジオ体操連盟事務局長や、日本詩吟学院の秋田吟詠会事務局長としても様々な行事の運営その他に関わっているほか、ストレッチ教室の講師でもあります。趣味で登山やマラソンを続けています。「何にでも興味を示すほうです。」と本人も自認する活動家なのです。

あれもこれもの伊藤さんですが、「ストレッチ教室でも必ずラジオ体操を取り入れた授業をしています。機会があればラジオ体操のPRを心掛けているのですよ。」とラジオ体操の普及推進を忘れることはありません。

【2017年11月1日掲載】

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株式会社東京電機(かぶしきがいしゃとうきょうでんき)さん

《茨城県つくば市》

◎受け継いできたラジオ体操

株式会社東京電機の本社工場では、毎朝始業前の8時10分からラジオ体操第1を社長以下の全員で行います。製造現場の作業者には準備運動であり、事務職者にとっては運動不足の解消が目的です。戦前から終戦後にかけて操業していた土浦工場で初めて導入されました。社長に就任して5年目という塩谷智彦さんは「50年以上勤められた前任の社長が入社の時にすでに実施していたと聞いています。いつからなのか明確ではありませんが、良い伝統と思って続けています。最近入った若い社員も全く違和感なく取り組んでいるようです。」と言います。

◎2020年に創業100周年


ずらりと一列に並んで

同社は昭和30年の第一次南極観測船「宗谷」に発電装置を納入した実績を持つ自家発電装置の老舗メーカーです。防災用発電装置では我が国で2番目のシェアを誇ります。一般保安用電源と呼ばれるこの市場では平成23年の東日本大震災を経て需要が拡大傾向にあり、同社もここ数年で営業所を増設するなど業容を拡大してきました。塩谷社長は「大企業にできない小回りの良さが当社の強みです。2020年東京オリンピック・パラリンピックの年に創業100周年を迎えますので、まずはそこを目指しての第1ステップ、次に10年後のリニア開業がビジネスチャンスとなります。こうして中長期を視野に入れて着実に前進していきたいです。」と会社の特徴と目標を簡潔に表現しています。

◎守っていきたいラジオ体操の伝統


社長の塩谷智彦さん

つくば市は道路整備の行き届いた自動車の町ですが、それだけ人々の運動不足に拍車がかかっているようです。塩谷さんも「工場の前の道路の向かい側にあるスーパーの従業員の方たちが、時々こちらの音楽に合わせて体操されています。それだけ運動不足を感じているのでしょう。また、この音楽を聴くと自然に体が動くのかもしれません。」と笑みを交えながらラジオ体操の効用が隣人にも広がっていることを伝えています。

「日本人にとってラジオ体操ほど浸透しているものはないのでは。3分という時間もちょうどよいです。今後も良き伝統として続けていきたいですね。」と語っていました。

【2017年11月1日掲載】

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勝瀬 直久(かつせ なおひさ)さん

《東京都狛江市》

◎1年でギックリ腰を治す

小学生だったわが子の夏休みに、一緒に朝のラジオ体操をしたのがきっかけでした。ラジオ体操についていった3日目に寝込んでしまった勝瀬さんは、体力不足を痛感して一念発起します。夏休み明けの9月1日から、近くの世田谷区城址公園で一人でラジオ体操を始めたのです。ベンチに座っている人に声をかけても最初は「どうぞお一人で。」などと言われたそうですが、しばらくすると賛同者が増えて体操会を立ち上げることができました。自営業で早朝の時間が自由だったことも幸いしました。「1年たったらギックリ腰がすっかり治っていました。効用を確信しました。」と言います。

◎受講者平均年齢が下がっている東京都ラジオ体操連盟の指導者講習会


勝瀬直久さん

会の設立後、早い時期に世田谷区連盟に加わり区連盟役員として駒沢オリンピック公園自由広場体操会も立ち上げています。そのころ、郵政省の幹部指導者研修会に参加し、指導者としての基盤をつくりました。狛江市に移住した後、平成11年に「狛江市・市民ひろばラジオ体操会」を立ち上げ今日まで会長を務めています。

一方、東京都連盟の事業部長として長く錦糸町の都連講習会にかかわってきました。講習会の参加者は毎年波があるとはいうものの、過去10年で400人から600人に増えています。「最近は20代、40代がまとまって参加しています。受講者の平均年齢が確実に下がっていて何よりうれしいです。」と語っています。

◎きちっとラジオ体操をやるには講習を受けること

自営業で「幹部講習会の3日間の休みを取るのに苦労した。」という勝瀬さん。長年のラジオ体操普及活動で仕事に支障がなかったのかと尋ねると「差し障りはありましたよ。」と苦笑しますが、体操会の会員から「おかげさまで元気になりました。」との報告を受けると「やってきて良かったと思う。」と言います。

そんな勝瀬さんが体操会で口にするのは「どうしたら年をとってもそんなに体が柔らかいのかとよく聞かれますが、あなたも1年間きちっとラジオ体操してごらんなさい。私以上に曲がるようになりますよ。」との言葉。加えて「きちっとやれるようになるには、講習を受けること。プロ選手には必ずコーチがついているように、素人でも同じですよ。頑張ってください。」と励ましの言葉をかけています。

【2017年11月1日掲載】

本欄記事掲載後、勝瀬様の訃報が届きました。慎んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

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東大和市ラジオ体操連盟(ひがしやまとしらじおたいそうれんめい)さん

《東京都東大和市》

◎夏休みには参加者が300人を超える日も

東大和市ラジオ体操連盟は市内の上仲原公園を拠点とする「あけぼのラジオ体操会」を運営しています。昭和56年に開設された同公園には野球場やテニスコートなどの競技施設もありますが、中心に広い芝生広場があり多くの人がラジオ体操を行える環境です。平成元年に体操会を設立、後に市の体操連盟として東京都連盟に登録しました。

体操会の会員数は約140名。体操会の参加者は春、秋は100人超、冬期は80人程度ですが子どもたちが加わる夏休み時には300人を超える日もあります。三代目会長の藤原義人さんは「役員が16名いますが、大半が指導者を兼ねていることもあり毎日参加しています。彼らを中心に多くの事業を支えてくれる会員が活躍して会を盛り上げています。」と語っています。

◎最大の行事は夏休み子どもラジオ体操大会


みんなの体操から始めます

体操会は元旦を除き毎朝6時25分からみんなの体操、30分よりラジオ体操第1、第2を実施しています。10人を超える指導者が対面動作で参加者に向き合います。年間を通じて最大の行事は夏休み子どもラジオ体操大会です。開会式を行い、6時15分からのジュニアリーダー育成講習、交通安全教室、人形劇パネルシアター上演、工場見学とイベントを挟みながら35日間続けます。多くの会員が子ども達の出席カードのスタンプ押しを手伝うなど皆が役割を持って参加します。

会の活動としては、ほかに毎月11日の清掃奉仕、小学校の運動会(春、秋)前のラジオ体操講習、都内夏期巡回ラジオ体操会への出席、年1回の旅行会等々と盛りだくさんに用意されています。

◎地域の各所で交流する


指導者の皆さん(前列右から3人目が藤原さん)

同連盟の活動の多彩さにシニアパワーを感じますが、元気なシニアが地域に活動の場を求めながら、自然に交流の輪を広げている事実があります。子どもたちとの交わりに加えて東京都のシニアスポーツ振興事業を手伝い、「健康講座と簡単な体操」(多胡肇講師)を設営したり、地元の工場見学でお世話になる代わりに森永乳業(株)東京多摩工場従業員のラジオ体操講習に出かけています。藤原さんは「ラジオ体操会にいると、とにかく忙しいと皆さん言われますが、それが本人の健康にもつながっているはず。雪が降っても公園の四阿の下で体操する人たちですからね。」と笑いを交えながらも活動の真の狙いを示唆していました。

【2017年11月1日掲載】

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五味 武彦(ごみ たけひこ)さん

《山梨県甲府市》

◎大病による休学が転機に

五味武彦さんは小学校4年生のころから子どもクラブでラジオ体操を始めています。意識的に取組むようになった転機は高校2年で肺結核にかかり、2年間の休学を余儀なくされたことでした。この時「生きるとはどういうことか、トコトン突き詰めて考えた。」と言います。その結果「人間は作物を作らねば生きられない。」と得心し、大学は農学部への進学を決めますが、同時に「ラジオ体操が心と体の健康習慣として大事であると自覚した。」のです。高校生にしては大人の考えに至ったわけですが、それは休学の賜物であったように見えます。

◎公民館前での体操


五味武彦さん

大学を卒業して高校の「生物」の教師になります。転勤で山梨県内の各地を回りましたが、どこでもラジオ体操を欠かしたことはありません。現在の住居に定住した22年前からは、仲間とともに毎朝、家の近くで体操会を始めました。

10数年前からは現在の塔岩自治会公会堂前での「早起きラジオ体操クラブ」の実行委員として体操会を開いています。毎朝6時半からラジオ体操第1、第2を行います。参加者は通常は20人前後ですが、夏休みには4、50人になります。

◎人生の土台

力を入れているのが夏休みの子どもたちへの指導です。長年の教師経験を活かした工夫の一つが参加者全員に渡す表彰状の授与。本人や体操仲間の写真入りの特製表彰状が、毎年8月25日前後に配られるのです。副賞のお菓子がつき、また当日は自治会の人々が栽培したジャガイモ入りのカレーを親子ともども味わうことにしています。

夏休みの子どもたちには学校から期間中だけの出席カードが配布されます。五味さんの判の押し方は独特で、海水浴やディズニーランドに行って欠席した日でも行った先で体操していれば押すことにしています。理由は「休みたくて休む子はいないし、競うものとは考えていない。」からです。「ラジオ体操とは、人生における土台のようなもの。子どもたちにはその習慣を付けさせることが何より大事です。」五味さんの心からの述懐です。

【2017年11月1日掲載】

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妙高市新井みんなで走ろう会(みょうこうしあらいみんなではしろうかい)さん

《新潟県妙高市》

◎雨の日も校舎の下で

市民の間で走ることがブームとなっていた昭和51年、同好の人たちが集まって始めたのが「妙高市新井みんなで走ろう会」です。当時、今で言うジョギング(もっぱらマラソンと呼んでいた。)の前後に準備運動、整理体操をしましたが、これにラジオ体操を採用したのです。

現在会員は男性23人、女性17人。各自の自宅からジョギングやウォーキングをしながら新井小学校のグランドに集まり、ラジオ体操をします。4月15日から11月15日までの毎朝、6時20分からカセットテープを使ってラジオ体操第1、第2を行います。冬期は雪のために休止しますが、期間中は雨の日も校舎の庇の下で実施しています。

◎健康もコミュニケーションも


朝日を浴びながら

ラジオ体操の効用については「一人ではなかなか続けられないことも仲間がいると長く続けられる。健康に良いこともあるが、地域のコミュニケーションを図る場としての意味合いも大きいと思う。」と会長の東條守さん。また、今回の取材に同席した木浦敏明さんは「自分は会で最年少の54歳ですが、親や子と同じような年齢の人たちと自然に交流できるのが素晴らしいと思う。音楽がかかると自然に体が動きますから。」と語っています。

◎会員増強に意欲


東條守さん

会では毎月1日に近所のカルチャーロードで清掃活動の社会貢献、元旦の走り始めの集い、夏の高原で走ろう会、専門知識を持つ会員が行う健康講座などの行事があるほか、春夏、秋の年3回機関紙「なかま」を発行して参加状況や行事の報告をしています。

昨年は40周年の記念誌を発行、会員の会活動への思いが多く寄せられました。設立当初と違い今では走る会員は少数派ですが、東條さんは「これまで会を育ててきた先輩の志は尊重すべきです。」と会の名を変える気はありません。「今回の受賞で新聞やテレビなどで紹介され活動を知る人が増えました。良い機会なので会員の増強に力を入れたい。」と意欲を見せています。

【2017年11月1日掲載】

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悠久山ラジオ体操会(ゆうきゅうざんらじおたいそうかい)さん

《新潟県長岡市》

◎大スピーカーがふさわしい広場

悠久山公園は大正8年に創設された公園で、園内には野球場、プール、ミニ動物園、日本庭園、郷土資料館などが設置されている観光名所の一つです。中央に広場があってピクニックにも向いており、市民に親しまれています。

ラジオ体操は長年、この広場を中心に少人数グループにより行われていましたが、今から20年前にまとまったのが悠久山ラジオ体操会です。まとまりを呼び掛けたのは、今も代表を務める桜井カツエさんです。ここに広場にふさわしい大きさの車載のスピーカーを持ち込んで、それが会結成の原動力にもなりました。

◎何より自由な雰囲気


広い公園で伸び伸びと

公園の面積は広大ですから、広場の端の方で離れて体操する人もいますが、スピーカーの威力で不自由はありません。4、50人が朝6時半から伸び伸びとラジオ体操第1、第2を行います。体操の後、女性陣は長岡甚句などの踊りを楽しむのが定番となっています。桜井さんは「この会の特徴は自由なこと。会員でない人も混じって体操していますが、それでどうということもない。」そうです。毎月1回、茶話会を開くほか、忘年会、新年会をします。雪が積もる1月から3月は休みますが、後は休みません。

◎ラジオ体操は大事な日常


桜井カツエさん

歴史ある長岡の町に大きな災厄をもたらしたのが、平成16年の中越大震災でした。地元でお祭り用品やご先祖様のためのお仏壇販売等、地域や絆を大切にする仕事、“株式会社とっと”の代表取締役を務める桜井さん。長岡市民に愛されてきた悠久山公園への思いもひとしおでした。そこで公園の歴史的建造物の被害状況を詳しく撮影した写真集を著すなど、人々に復興を訴える活動に力を入れました。その写真集には、「震災の爪痕も生々しい場所にあっても、近所の人たちがいつものようにラジオ体操をしている。」との自らの思いをつづった詩を記しています。

「震災を契機に人々の団結力が増しました。体操会もそうです。普段の暮らしをしっかり続けることが一番と皆が思い知ったのです。ラジオ体操は大事な日常です。」と語っていました。

【2017年11月1日掲載】

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株式会社エリオ(かぶしきがいしゃえりお)さん

《石川県加賀市》

◎社業近代化の一環として導入

株式会社エリオでは、毎朝8時5分から関係会社を含めて8つのグループに分かれ、ラジオ体操第1を行います。体操の後、朝礼をして10分から始業というのが慣行となっています。ラジオ体操の導入は昭和63年に現在地へ工場が移ってからです。その狙いについて、専務の佐野悌弘(よしひろ)さんは「仕事にメリハリをつけること、作業中の怪我の防止、健康管理が目的でした。それまでは社名も佐野製作所と言って社員10人足らずの鉄工所でしたが、移転を機会に社名を変え、法人化もはかり、最新設備も導入しました。そうした様々な社業の近代化の一環として実施されたと聞いています。」と話しています。

◎レクリエーションの前にもラジオ体操


持ち場に分かれて朝のラジオ体操

同社は建築に関わる間仕切りの施工から始まり、資材である間仕切りの板金加工へ進出、以後は産業機械向け、物流関連などでも市場を開拓しています。板金加工が主ですが、組み立てに加えて塗装なども手掛けるなど「フレキシブルでスピーディー」を合言葉に業容を広げつつあります。グループに(株)エリオ総建、(株)エリオリック、(株)エリオテックを抱えて社員数は110名です。

ラジオ体操は、年に2、3回行われる全社のスポーツレクリエーション(卓球大会、バトミントン大会など)でも開始前に必ず実施するなど社内に定着させています。

◎ラジオ体操も前向きに


専務の佐野悌弘さん

社業の今後について佐野さんは「製品に付加価値を付けるという意味で、塗装の充実が大事になると考えています。人手の確保など厳しい課題もありますが前を向いて進めたい。」と抱負を語ります。ラジオ体操についても「皆が正しいラジオ体操をすることで、効果を上げたいと思いますし、そのための指導者育成も必要と感じています。」とのこと。

同社の立地する工場団地では、他にも毎朝ラジオ体操を行う工場がいくつかあるそうです。そのうちの1社は「実に整然とやられるので感心して見させてもらっている。」とか。

佐野さんも良い刺激を受けている様子がうかがえました。

【2017年11月29日掲載】

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矢田川 朝の会(やたがわ あさのかい)さん

《名古屋市北区》

◎雨降り以外は休みなし

午前6時15分、まだ薄暗い河川敷で懸命にストレッチに励む顔に汗がにじみます。5時半まで本格的な雨降りだったせいか、取材にうかがったこの日の参加者はいつもより少人数の10人程度。しかし、対岸にも2、3人の人が見られました。6時半からはラジオ体操第1、第2に取り組みます。ストレッチが始まった頃は、まだポツリポツリしていた雨も体操が終わった時には上がり、人々は元気に家路につきました。「矢田川 朝の会」は雨降り以外は休むことなくラジオ体操を続けています。

◎三無主義


花壇のある河川敷が会場

ストレッチからラジオ体操まで一人で指導しているのは、リーダーの秋江茂夫さん。

昭和58年から始まった同会の創立メンバーの一人であり、今は唯一の指導者です。秋江さんは会の特徴を「会則なし、会費なし、役員なしの三無主義。私も代表ではなく、リーダーと呼ばれています。一切の束縛がないから長続きしていると思っています。皆さんが気楽な会と親しんでもらっています。」とのこと。

“大変なことはないですか”と尋ねると「今日のようなはっきりしない天気ぐらい。少々の雨でも10人くらいの人は出てこられるので、中止を伝えに出向かねばならないから。」と笑います。

◎おしゃべりの体操も大事


左側から秋江恵子さん、
秋江茂夫さん、小林一秋さん

ラジオ体操の効用については「おかげで元気になりましたという声を何度も聞いています。毎日の健康づくりに一番ということです。」と秋江さん。昔からのメンバーである小林一秋さんは「おしゃべりの体操も大事と思う。ひとり暮らしの高齢者も少なくないので、ここへ来て皆とお話しすることが生きる活力につながっている。」との意見です。

一方、会場の河川敷では、管理者の許可をとって有志による花壇づくりも行われています。これも環境美化と仲間のコミュニケーションという一石二鳥の取り組みと言えます。

これからの会の運営について秋江さんは「気になっているのは後継の指導者のこと。自分の課題と思っています。」と語っていました。

【2017年11月29日掲載】

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名谷公園ラジオ体操の会(みょうだにこうえんらじおたいそうのかい)さん

《神戸市須磨区》

◎阪神淡路大震災の縁

朝の6時半、掃き清められた公園にラジオ体操の歌が流れ始めると、たちまちのうちに100人を超すと思われる住民の皆さんが現れました。この名谷公園には夏休み時には子ども達も加わって350人以上の人が集まります。神戸市内の体操会でも有数の規模ながら、会としての活動が始まったのは阪神淡路大震災後の平成7年からでした。

なぜ大震災の後なのか、その理由について創立メンバーの一人で代表の大倉宗明さんは「公園で震災の3、4年前から数人で朝の体操をしていましたが、転機となったのは公園内の二つの球場に被災者の仮設住宅ができたことです。思いがけない人数の方々が体操の輪に入ってこられたのです。」と懐かしそうに話し始めました。

◎友情ある説得


花も豊かな名谷公園

その仮設住宅に移住した人々は、震災で焼失した長田地区など旧市街で、毎朝のラジオ体操を習慣にしていたのです。「体操会の名前を決め、団体として立ち上げて、神戸市民ラジオ体操の会に登録しなさいと言われました。そうすれば出席カードやバッジの支給、さらには年に一度の講習会に出て指導を受けられることなどを教わりました。始めはよその人に言われてすぐやるのもどうかと反発したこともありましたが、最後は説得されたのです。」と言葉を継ぐ大倉さんです。震災後数年を経ずして、仮設の人々は元の市街地などへ越していきましたが「そのときの中心人物だった、今は90歳を超えるご婦人とは今でも交流が続いている。」そうです。

◎参加者の表彰にも力


右から代表の大倉さんと鈴木さん

現在の体操会は、1月の2、3日以外は年中無休です。公園内はコンクリート敷きで、屋根のある休憩スペースも多くあり雨の日も困りません。会費制をとらず、毎月初めに置かれる募金箱による募金で会の運営がなされています。会員の出席意欲を高めるために、カードをつくって1000回、2000回など節目を迎えた参加者への表彰を毎月末に行っています。毎月第二日曜日は参加者全員で行う公園の清掃の日です。責任者の鈴木勲さんによると「とにかく広い公園なので、秋などはトラック一杯分のゴミが出る。」とか。

大倉さんは「長野県で育ち、東京で就職して神戸へ転勤となって、ついにこの地に住み着いた私ですが、ラジオ体操にここまでかかわるとは想像もつかないことでした。」と人生の縁をつくづくと感じている様子でした。

【2017年12月18日掲載】

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舟入第一公園ラジオ体操会(ふないりだいいちこうえんらじおたいそうかい)さん

《広島市中区》

◎戦後復興の足掛かり

舟入第一公園は原爆ドームのある平和公園まで歩いて10分ほどのところにあります。大ヒットしたアニメ映画「この世界の片隅に」のヒロインが生まれた江波にも近い、広島市の中心市街地の一角です。

舟入第一公園ラジオ体操会は、戦争の記憶も生々しい昭和28年に結成されました。同会指導員で舟入町内会長でもある臺(だい)和彦さんの父上は、その創立メンバーの一人でした。「始めるときに各地のラジオ体操会を見て回ったらしいのですが、町民の集える場所になり健康に良く、さらには復興の足がかりになると考えたと聞いています。」と経緯を語ります。

◎4人の指導員が交代で体操台に


すっかり色づいた木々を背に

公園には地域住民の寄付で造られたコンクリート製のラジオ体操専用の放送塔(小部屋があり、中に放送施設、のぼりなどの機材を入れている)に同じくコンクリート製の体操台があります。ここで雨の日を除く毎朝、6時半からラジオ体操第1、第2を行っています。臺さんのほか、兼重璋夫(代表)、右近佳昭、兼重惠子の三氏が指導員で1週間交代の輪番制で体操台に立ちます。四人は神崎学区町民運動会、グランドゴルフ大会などの地域イベントのほか、町内会、女性会、老人会との交流を通じて折りに触れラジオ体操の普及に努めています。

◎いきいき活動の受け皿に


放送塔の前で
左から臺和彦さん、兼重惠子さん、兼重璋夫さん、
右近佳昭さん

子どもたちの夏休みである7月21日から8月28日までは、夏季ラジオ体操会として子どもたちの参加に力を入れています。兼重さん手製のスタンプカードを神崎学区の小学校で配布してもらっています。月末には賞品を授与します。

今年9月から広島市が始めた「高齢者いきいき活動ポイント事業」(70歳以上の高齢者の社会参加を後押しするため、活動に応じて1ポイント100円の奨励金を支給する制度)では、活動団体として認められました。兼重さんは「9月から体操会の参加者はそれまでの約2倍の120名を超えました。100ポイントが限度なので、3か月先は多少参加者が減るかもしれませんが、一つのきっかけと前向きにとらえています。」と語っています。

【2017年11月29日掲載】

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水田 敬二(みずたけいじ)さん

《高知県南国市》

◎徒手の授業に取り入れたラジオ体操

水田さんは昭和38年に大学を卒業し、高校の体育教師になりました。配属された学校の前が海岸だったため、よく浜辺でトレーニングをした事を覚えています。徒手の授業にラジオ体操を取り入れたのが、ラジオ体操との長い付き合いの始まりでした。

その後、高校時代の恩師で、当時高知県ラジオ体操連盟の役員をしていた方から誘われて昭和47年に和歌山県田辺市で行われた幹部講習会に参加しました。「3泊4日のその講習会でみっちり仕込まれました。それから夏休みの時などに依頼されて指導に出るようになりました。」と言います。

◎ラジオ体操団体の組織化を目的に「南国市夏期ラジオ体操・みんなの体操会」を実施


水田 敬二さん

教職についていた頃も休みを利用しての指導は行いましたが、本格的な活動は平成15年に退職してからです。地域での指導を通じて普及活動に力を入れたほか、地元のラジオ体操グループに参加、「南国さわやかラジオ体操会」の名付け親にもなりました。

平成22年に高知ラジオ体操連盟の会長に就任、平成26年には県内のラジオ体操団体の組織化を主たる目的に長野信一氏を講師に招いて「第1回南国市夏期ラジオ体操・みんなの体操会」(南国市教育委員会主催)を開きました。以後、地元の指導者を講師に毎年開かれています。

同じく夏休み期間中に地元量販店(高知市、南国市の5〜6店舗)で開かれている「親子食育教育」に参加、ラジオ体操の指導を行っています。将来につながる新しい試みと言えましょう。

◎正しいラジオ体操の普及を一番に

水田さんの指導は「呼吸法に気を付ける。」「マンネリにならないように、気分を変えることも必要。両手を前で交差する際に、普段左手を前にしている人ならば、時には右手を前にしてみる。」など専門家らしい独自の視点を加えたものです。「ラジオ体操第1と第2の違いも、一般にはあまり理解されずにやられていると思いますが、そうしたことにも注意がいくようになれば、自ずと体操の効果も上がってきます。」と語っています。

今後の目標については「正しいラジオ体操の普及が第一と思っています。行事としては、高知県体操協会主催で毎年11月23日に開かれている高知県体操祭にラジオ体操仲間を参加させたいと考えています。」と語っていました。

【2017年12月18日掲載】

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元気な木屋瀬校区「健康の会」(げんきなこやのせこうく「けんこうのかい」)さん

《北九州市八幡西区》

◎市の支援事業としてスタート

当会は平成19年6月、北九州市から木屋瀬校区まちづくり協議会が「市民センターを拠点とした健康づくり事業」の委託を受けて誕生した会です。行政の委託事業ですが地域住民の発想や自主性が尊重されています。ラジオ体操は、ウォーキングやグランドゴルフとともに中核事業として位置づけられました。それまで、この地区でのラジオ体操は個人レベルにとどまっていましたが、初めて組織化に向けての取り組みとなりました。

地元の旧家出身で長く保健体育の教師でもあった会長の梅本静一さんが、家の近くの須賀神社公園で一人で始めたところからスタートしました。しかし翌年には夏休みに5つの会場で始められ、これまでに11会場と増えるとともに、毎日行う(日曜日、正月三が日、お盆の三日間は休み)常設の会場も3か所できました。

◎夏期巡回でラジオ体操第2を習得


8月6日、木屋瀬小学校で行われた「全員集合!ラジオ体操」

子ども達が多く集まる夏休みのラジオ体操は7月21日から8月31日まで(土日とお盆は休み)行いますが、事業がスタートした平成20年度の延べ参加人数2,237人に対し、毎年着実に増えて29年度は7,659人と約3倍になっています。

毎年8月初旬の日曜日に「全員集合!ラジオ体操」を木屋瀬小学校運動場で開催しています。平成25年には、当初からの目標の一つだったNHK夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会の誘致に成功しました。会場の香月中央運動公園には4,300人が集まり、この時の収穫について「先生方の協力が大きかったのですが、当日に備えて小中学生がラジオ体操第2を徹底して習得してくれました。今後の普及に大きな貢献となったはずです。」と梅本さん。

◎相乗効果


健康の会を運営する、前列右から梅本静一(会長)さん、
朝長綾子さん、寺本裕美(市民センター館長)さん、
後列右から福原武さん、徳永興紀さん

健康の会でラジオ体操担当の福原武さんは「25年の夏期巡回が一つの起爆剤になり、その後も小中学生が動画コンクールに応募したりと、積極的な活動が見られるようになりました。」と手ごたえを感じているようです。

保健体育の専門家として長く実情を見てきた梅本さんは「昔から様々な体操ができてきましたが、結局残ったのはラジオ体操だと思っています。やりだすと休みたくないと言われる方が多い。今日は休もうかと思う時も、でも会長が出てくるから出ようとも言ってくださる。こちらも同じことを考えています。相乗効果でしょうか。」と語っていました。

【2017年12月18日掲載】

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株式会社開邦工業(かぶしきかいしゃかいほうこうぎょう)さん

《沖縄県うるま市》

◎出先でも行うラジオ体操

株式会社開邦工業は、ごみ処理、火葬施設、排水処理、リサイクル施設の設計施工、メンテナンス、運転管理を行う企業です。焼却炉メーカーとしての実績を核に水処理などへ業容を広げてきました。沖縄の地場企業ながら、東京支社を拠点に関東一帯に業績を伸ばしているのが特徴です。

ラジオ体操は毎朝8時30分から本社、浄水場などの派遣先、東京支社のそれぞれで行っています。全社員86名の内訳は本社26名、派遣先などの現場が40名、東京支社13名となっています。同社の創業は昭和53年。代表取締役の玉寄将(たまよせ・つよし)さんは「ラジオ体操は創業後間もなく、自然に始めたものと思う。」と言います。

◎キビキビやれば会社のステージが上がる


雨の日は屋内で

会社におけるラジオ体操の効用について、玉寄さんは「始業の前のウォーミングアップが目的の第一ですが、そのほかに個々の従業員のその日の調子を見られる意味も大きいです。管理職にとっては社員の健康管理やその他の大事な情報源となっています。」とのこと。

さらに、もう一つ忘れてはならないことがあると付け加えます。それは「取引先に見られることです。自分が他社へ伺ったときにも感じていることですが、やはり良い会社の社員は動作がキビキビしていて感心することが多い。つまり、自分たちの会社のステージを上げることにつながる。」と。玉寄さんは、ラジオ体操を企業人における基本動作の一つと考えているのです。

◎チャレンジを続ける会社


玉寄さん

同社のこれからについて、玉寄さんは「廃棄物を中心とする事業は今後も変わりませんが」と前置きしつつ「防護服、LED照明、ろ布といった物品販売にも力を入れます。自分たちが使っているものなので、使い方に精通していることで販売できると考えました。」と販売の拡大を目指します。また、同じ工業団地内のベンチャー企業と共同開発中の「コンクリート混和剤製造装置」(仮称)の研究に注力するなど様々にチャレンジしています。

“ラジオ体操のチャレンジは”と聞けば「東京支社では“うちなーぐち”(沖縄言葉)でラジオ体操を行ったそうです。マンネリ打破になったのではないでしょうか。」と笑顔で話していました。

【2017年12月18日掲載】

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