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全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、これらの受賞者の方々の中から全国表彰受賞者で取材に応じていただけた個人もしくは団体の代表者の方にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していくものです。(掲載は順不同)

平成28年度平成27年度平成26年度平成25年度平成24年度平成23年度

平成27年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成27年度の全国表彰は6個人、9団体が受賞し、8月2日、金沢市で開かれた1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、受賞者名50音順で表示。)

地 域受 賞 者 名内 容
北海道小林 隆 さん掲載済
福島県社会福祉法人 いわき福音協会 指定障害者支援施設  はまなす荘 さん掲載済
埼玉県田邉 雅子 さん掲載済
東京都佐々木 隆志 さん掲載済
東京都八王子市ラジオ体操会連盟 さん掲載済
山梨県南アルプス市スポーツ推進委員会 さん掲載済
長野県平出 勲 さん掲載済
富山県協和ファーマケミカル株式会社 さん掲載済
石川県玉田工業株式会社 さん未掲載
三重県NC中日本コンクリート工業株式会社 さん掲載済
大阪府茨木ひまわりラジオ体操会 さん掲載済
岡山県合資会社浅越機械製作所 さん掲載済
徳島県平岡 笑子 さん掲載済
佐賀県社会福祉法人光風会 特別養護老人ホーム 光風荘 さん掲載済
沖縄県浦崎 節子 さん掲載済

小林 隆(こばやし たかし)さん

《北海道小樽市》

◎ 教育現場での普及推進

小林さんは昭和34年春に小学校の教員、2年後に中学校の保健体育の教員となりました。以後、教育委員会へ転ずるまでの15年間、体育の授業や運動会などでラジオ体操を積極的に子供たちに指導しました。この間、昭和47年には小樽市のラジオ体操連盟の理事となっています。

昭和49年に小樽市教育委員会社会体育課へ転任となってからは、仕事の一環として市民歩こう会、各種スポーツ教室、保健所の健康教室、家庭婦人スポーツ連絡協議会の研修会、健康増進運動「パティシパクション」、市の老人クラブ連合会の健康講座等々でのラジオ体操の普及に努めました。一方で、自身の指導力を高めるため「ラジオ体操・みんなの体操の講習会にはできるだけ参加して、自己流にならないよう注意してきた。」とのことです。

◎ 正しいラジオ体操の普及に力


小林 隆さん

11年前に小樽ラジオ体操連盟の会長に就任して以降現在まで、同連盟には42の体操会が登録され、このうち真冬でも行う通年会場が2会場、5月から10月までの間は毎日実施する会場が3会場あるとのこと。これらの会場の参加者は「高齢者でも背筋が伸び、健康的な人が多い。やはり『継続は力』。」と感じているそうです。

連盟としては、引き続き「正しいラジオ体操・みんなの体操の普及に向け、指導者育成を心掛けたい。特に会場で正面に立つ対面指導者のレベルアップに取り組む。」ことを掲げています。また、「小学校などでの教育活動で、ラジオ体操を取り入れる学校が減少した結果、少子化ともあいまって多くの会場で子供の参加が少なくなっている。」現状があり、今後の大きな課題の一つとしています。

◎ 現役のスキー講師を続ける

小林さんの朝の日課は、40〜50分かけての小樽運河周辺のウォーキングとラジオ体操、ストレッチです。「一人で体操していると、立ち止まってじっと見ている人が時々います。」と笑いますが、感心して見ているに違いないでしょう。

子供たちの夏休みとその前後、約2か月間は体操会の巡回訪問や講習会などがあり、他に夏季は家庭菜園、冬季は小学生のスキー教室などの講師を今も続けています。小樽は岩見沢や倶知安ほどではないが、冬はかなりの積雪量があります。「家の周りの除雪もなかなか大変です。昔はスキーを楽しむために冬が待ち遠しかったが、最近はそれほどでもなくなりました。」とそれなりに年齢も感じているのでしょうが、生涯現役の見本のように見えました。

【2015年11月2日掲載】

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社会福祉法人いわき福音協会指定障害者支援施設はまなす荘
(しゃかいふくしほうじん いわきふくいんきょうかい していしょうがいしゃしえんしせつ はまなすそう)さん

《福島県いわき市》

◎基本中の基本の役割

指定障害者支援施設はまなす荘は、知的障がいを持つ人が多数を占める利用者50名と事務などのサポートを含む職員27名で構成されています。毎朝9時15分からの朝会の後、食堂で大きなビデオ画面を見ながら健康維持・増進を目的に全員がラジオ体操第1と第2を行います。利用者の間に職員が散らばって、声かけをしながら体を動かします。同じように午後1時半からも行います。

所長の庄司博文さんは「利用者にはとにかく体を動かす習慣をつけて欲しいと思っています。ラジオ体操は基本中の基本であり、これだけは欠かさないでもらいたい。やりたくない人も顔だけは出してもらう決まりです。」と語り、利用者の大事な日課となっています。

◎重要性が増したラジオ体操


はまなす荘でのラジオ体操風景

はまなす荘は社会福祉法人いわき福音協会が経営しています。その名のとおりキリスト教の精神をバックボーンとする福祉事業の実現が協会の理念です。昭和48年の開所以来、知的障害者更生施設の名で作業中心の施設として38年間続き、その頃は100名の利用者を抱えていました。四年前から、障がいの比較的軽い利用者は地域のグループホームなどでの対応となり、利用者数は一挙に半数になりました。

ちょうど東日本大震災の年でしたが、建物も改築されて新たな体制でのスタートとなりました。利用者の高齢化、重度化の傾向が強まったことで「ラジオ体操の重要性が増し、前以上に力を入れることになった。」(庄司さん)と言います。

◎体操祭の雰囲気を利用者にも


庄司さん(右)と木さん

こうした施設では、少し前に報道されたように虐待といった残念な事件も起きています。はまなす荘では、いつでも見学者を受け入れるとともに、ボランティアや実習生など常に外部の人を招くことでオープンな環境を保っています。「常に外部の目があれば、あんなことは起きない。」(庄司さん)との確信があるからです。

さて、総務課長の木郁夫さんは、ラジオ体操優良団体等全国表彰の受賞者の一人としてこの夏に行われた金沢での1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭に参加しました。大会の雰囲気に感動、「1000万人は無理でも、せめてこの地方での夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会で利用者に雰囲気を味わってもらいたい。」と考えています。来年の夏、是非、利用者の参加を実現して夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会を盛り上げていただきたいものです。

【2015年11月2日掲載】

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田邉 雅子(たなべ まさこ)さん

《埼玉県草加市》

◎馬場保先生との出会いがスタート

愛媛県四国中央市の出身で同県の県立高校の体育教師だった田邉さんは、昭和45年に草加市へ移住しました。数年後、30歳そこそこで子育ての真っ最中ながら近所の体操教室に参加、指導しておられた馬場保先生(元NHKラジオ体操指導者)に出会います。それまでも普通にラジオ体操をしてきましたが、「初めて正しいラジオ体操を知る。」ことになったのです。

先生からやる気と素質を見込まれ、昭和56年9月〜60年3月まで墨田区体育館で開かれている東京都ラジオ体操連盟主催の指導者講習会では、馬場先生の講習の前座を務めるまでになっていました。丁度その頃、前後して草加市では全国放送の体操会をきっかけにラジオ体操連盟が発足、創立当初からの指導者として今日に至っています。

◎次世代の育成に力を入れる

草加市ラジオ体操連盟は、毎月第一日曜日に開かれる定例会には100人以上が参加します。理事長として、7年前に地域指導員制度を作って指導員の養成を進めた結果、現在は28人の指導員が生れています。特に力を入れているのが、草加市教育委員会の意を受けて始めた子供たちへのラジオ体操の普及です。毎年3校ずつ、それぞれの小学校で年に5回の授業を担当しています。「子供たちは勿論だが、先生方も正しい動きのラジオ体操を知らない方が増えていて、一緒に覚えてもらうようにしている。」と言います。

一方、公益財団法人健康・体力づくり事業財団認定の「健康運動指導士」として60歳以上の高齢者を対象とした「健康体操の会」を主宰、市内に12のサークルを擁し、300人の会員がいます。また、市主催の指導者育成講座を担当したり、転倒予防の運動を考案するなどの活動も行っています。

◎大手術を機に更なる前進を

若い頃から活動的な人生を過ごしてきた田邉さん、その生活ぶりをうかがうと猛烈サラリーマンを彷彿とさせます。激務の日々が続いた結果、50歳を過ぎる頃から体に変調が出てきました。持病の股関節脱臼の症状が悪化したのです。長年の酷使に耐えきれずに悲鳴を上げ出したのでした。激痛と戦う日々が10年続きましたが、仕事柄表に出せず「実際の痛みよりそのことの方が辛かった。」と言います。

3年前に信頼できる医師との出会いがあり、人工骨を埋め込む大手術を決行します。今ではかつての苦しみから解放され、新たな人生のスタートとの思いを強くするこの頃となりました。「人々の健康寿命増進のため、行政とも連携しつつお役に立っていきたい。」との決意を新たにしています。

【2015年10月20日掲載】

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佐々木 隆志(ささき たかし)さん

《東京都台東区》

◎活発な区連盟の活動を支える

東京都は、ラジオ体操が全国で最も普及している地域と見なされていますが、中でも台東区は指折りの地位にあります。佐々木さんは、その台東区ラジオ体操連盟で40年間理事を務め、現在は副理事長を務めています。同連盟では、夏休みに11地区の小中学校で開かれる夏期巡回ラジオ体操地区大会(平成27年度実績で大人3,500名、子供2,200名が参加)を主催するほか、こどもの日(5月5日)、10月の台東区体育の日、11月の文化祭、12月のジュニアマラソン(小中学生の駅伝)行事などの区内イベントに参加して普及推進に努めています。佐々木さんはこれらの運営・実施活動に「年間で100日は充てている。」そうです。

◎放送道具を自転車に積んで走り回る


佐々木さん

ラジオ体操にかかわるきっかけは、幼い子供たちの健康を考え、夏休みにラジオ体操会へ一緒に参加したことでした。夏休みになると、毎日連れて行くことを4、5年ほど続けました。その間に地元の町内会の人々との交流が進み、町内会文化部で活動するようになったのです。体操会場では指導台に立つようになるとともに、台東区ラジオ体操連盟に加入して正しい体操を心掛ける習慣を身につけました。

その頃の一番の思い出は「体操会の会場準備のため、先輩指導者の手伝いでスピーカーなど放送道具を自転車に積んで走り回ったことや、放送機材の操作、修正といった放送技術の習得に汗をかいたこと。」だと言います。

◎若い後継者育成が急務

長年にわたりラジオ体操活動を続けて良かったことを尋ねますと「健康に良かったのはもちろんですが、それとは別に、活動を通じて日頃は接点のない多くの方々とのつながりができたことです。」と言います。若い頃には学生の面倒見をよくしたそうですから、人とのコミュニケーションの良さが佐々木さんの真骨頂なのかもしれません。

昨年まで、教育委員会関連の総合型地域スポーツクラブ検討委員として廃校(台東区は千代田区と並んで都内で小中校の廃校が多い区となっている。)となった校舎、跡地の再利用をテーマとする会合にも出ています。「町の将来を考える上で大事なこと。」と受け止めています。

一方、区ラジオ体操連盟の課題としては「なんと言っても高齢化が進んでいること。若い住民とのつながりを深めて後継者育成につなげたい。」と語っていました。

【2015年12月7日掲載】

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八王子市ラジオ体操会連盟(はちおうじしらじおたいそうかいれんめい)さん

《東京都八王子市》

◎器械体操の愛好家が草分け

昭和45年頃、八王子市教育委員会が市民へのラジオ体操普及のための講習会を計画しました。その指導者として声を掛けられたのが、その頃、小学校の体育館を借りて活動していた器械体操の愛好家グループでした。グループには一般の会社員のほか小中学校の教師もいましたが、誰一人としてラジオ体操指導の経験はなく、皆で東京都ラジオ体操連盟が毎月開催している墨田区錦糸町の講習会へ駆け付けたと言います。

その後、講習会への参加者や体育指導員の人々と市民体操の会をつくり、昭和47年に現在の「八王子市ラジオ体操会連盟」として発足しました。現在、日常の連盟活動は、講習会などへの指導者の派遣と毎週土曜日夜の基礎練習です。体育大学などで運動の基礎を学んできた30代、40代の若い指導者を擁する異色のラジオ体操会連盟です。

◎夜のラジオ体操が次世代育成に繋がる


橋本富幸会長

八王子市民体育館分館では、毎週土曜日の午後7時から9時まで八王子市体操連盟が競技場を使用しています。全体をラジオ体操、トランポリン、器械体操の児童、器械体操上級者と四つに区分けして、指導者は別にして全体で約150人が練習しています。

ラジオ体操のコーナーでは、指導者を目指す人がストレッチや柔軟体操などを交えながら汗を流します。器械体操の子供たちは準備体操にラジオ体操第1、整理体操として第2をするのが習慣です。指導している女性は、いずれもかつてのこの教室で学んだ人であり、今は自分の子供を連れて来ています。若い頃に連盟の創立に立会い、現在は体操連盟、体操会連盟の両方の会長を兼ねる橋本富幸さんは「20年後はこの子供たちの何人かがラジオ体操の指導者として継承してくれるはずです。」と目を細めます。

◎人生で一番の仕事


子供たちのラジオ体操

橋本会長は若い頃からの運動好きで、当初は陸上や水泳の選手を目指したこともありました。しかし、医者から心臓の不安を指摘され器械体操に転じました。紳士服のテーラーから金融関係と仕事を替えつつも、時間をやりくりしてこの数十年、体操指導へのかかわりを止めようとはしませんでした。

昼間に開かれる高齢者中心の体操会などへは、今も出向いて巧みな話術を交えながら指導しています。土曜日の児童たちへの指導に関しては、運営全般を指揮します。「大きな声を出すことから始める。」という子供たちへの指導は、体の発育だけでなく心のありようもかかわると言います。「ほとんど人と口を利かなかった子が大きな声で話すようになるのを何度も見てきました。人生で一番の仕事と思っています。」と感慨深げに語っていました。

【2015年10月20日掲載】

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南アルプス市スポーツ推進委員会(みなみあるぷすしすぽーつすいしんいいんかい)さん

《山梨県南アルプス市》

◎市民の健康をスポーツ面からサポート

南アルプス市スポーツ推進委員会は市長の委嘱を受けた推進委員58人で構成され、事務局を教育委員会生涯学習課に置いています。市民の「スポーツを通しての健康」を企画運営・サポートするのが目的です。春に開かれる「スポーツラリー」、秋の「ウォークラリー」の2大大会のほか、毎月1、2回実施される高齢者を対象とした「健康スポーツ教室」、同じく通年事業の「ファミリーバドミントン教室」などを実施しています。

ラジオ体操はスポーツ大会には必ず準備運動として取り入れられているほか、夏休み前には子供育成会の指導者を集めての講習会、各地区のラジオ体操会での指導に推進委員を派遣しています。

◎ダブルの喜び


塚原さん(右)と築野さん

同推進委員会は9月20日に行われた「山梨県体育祭り」で、南アルプス市の代表としてラジオ体操競技に参加、堂々の3位入賞を果たしました。夏の全国表彰に続いての二重の朗報となりました。ラジオ体操競技は全国的には昔ほど行われなくなったようですが、山梨県は今も盛んです。1チーム6人で出場して演技を競うのです。今年は15チームが参加しましたが、中にはプロと呼べるような強豪も存在し、同市のような年齢も技術もバラバラなチームが上位へ食い込むのは容易ではありませんでした。塚原仁志会長は「素人に近いチームでここまでできたのは、岡部和子先生(山梨県ラジオ体操連盟理事長)の指導とメンバーの練習のたまものです。市内の普及活動にも良い影響が期待されます。」と話しています。

◎来年は更なる高みへ

推進委員によるラジオ体操競技のための練習は、初夏の頃から毎週土曜日の午後7時半から10時まで全部で17回行われたそうです。「とにかくレベルをそろえなくてはならないですから、素人が多いのでそうなります。」と笑う塚原会長。また、副会長の築野一彦さんは「折角練習したんだからと、イベントで披露することや子供たちを指導することにも熱が入ってきます。まさしく良い循環が始まっています。」と語ります。

塚原会長は「今回のように結果を出せば、来年は更に上を目指そうとなります。来年は全国ラジオ体操連盟の指導士も増やせると思っています。」と明るい展望を話していました。

【2015年12月7日掲載】

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平出 勲(ひらいで いさお)さん

《長野県長野市》

◎全校一斉のラジオ体操の代表に指名される

ラジオ体操との本格的な出会いは、中学3年生になって直ぐに毎朝の全校で行うラジオ体操の代表となったことでした。全校生徒約1200人の前で、対面で一段高いところでラジオ体操をすることになったのです。身長が175cmと当時としては抜群に高く、かつ、動きもダイナミックだったことが、体育の先生の目に止まったのです。1年間にわたって毎朝行いました。「みなさんの前に立つのですから、自分なりの練習もした。」そうですが、運命が決定づけられるようなスタートでした。

長じて小中学校の保健体育の教員となりました。当時ラジオ体操は毎日の授業や運動会などで準備運動として不可欠でしたから、更に縁が深まることになりました。指揮台で模範演技を正しく行うため、ラジオ体操の講習会への出席にも力を入れました。

◎1時間半の指導に工夫


平出 勲さん

平成12年に定年を迎えた後は、地元の宇達神社での体操会に休まず参加する一方、各地のラジオ体操会や障がい者施設などでの指導に力を入れています。1回の指導に1時間半はかけるもので、進め方に独自の工夫をしました。まず初めの10〜15分は、運動の必要性についての話から入ります。運動不足から起こる生活習慣病や認知症のことにも触れる中で、ラジオ体操の効用を説きます。

マスメディアの健康対談で日野原重明博士と堀北真希さんが、ラジオ体操を推奨していたなど、日頃の勉強で得た知識で説得力を増しています。

その後、ラジオ体操第1、第2、みんなの体操を順次、実技指導しますが、参加者の動きを見て、改善のポイントを探りながら指導します。「新しい朝がきた」を大きな声で皆で歌うことも欠かしません。長年の教員経験が指導に厚みを加えているのです。

◎指導の方法を更に磨く

平出さんは、長野県で最初の1級ラジオ体操指導士であり、前述したようにベテランの指導者ですが「昨年、全国ラジオ体操連盟が実施したフォローアップ研修は大変ありがたかった。特に実技指導の方法についての講習があって、参考になった。」とのことです。信越地方ラジオ体操連盟の理事長でもあり、「県内の指導者の集いを開いて、情報交換を行い、お互いの指導のノウハウを見聞できれば普及推進に弾みがつく。」と考えたそうです。

「教員経験のない人からすれば、どうやって教えたらいいか分からないという人も少なくないと思う。自分の経験が少しでも役に立てれば嬉しい。」と活動の輪を更に広げようとしています。

【2015年11月2日掲載】

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協和ファーマケミカル株式会社(きょうわふぁーまけみかるかぶしきかいしゃ)さん

《富山県高岡市》

◎社内の全員が1日に1回は行う

協和ファーマケミカル株式会社(旧社名:第一ファインケミカル株式会社)は、医家向けの抗アレルギー疾患薬や高血圧症のための降圧剤などの原料(医薬品原薬)を製造し、製薬会社に納入しています。不斉合成という特殊技術を用いるなど高い技術力により、高品質な製品を製造することを特徴としています。現在の社員数は約400人で、工場で働く現業部門と品質保証部門や研究開発部門などその他の日勤部門が約半々ほどです。

ラジオ体操(第1)は24時間生産体制に合わせて、1日に4回行われます。午前8時と午後4時に工場の現業部門が構内放送で行い、午前8時半に日勤部門、午後11時に現業部門の夜勤者がそれぞれCDカセットを使って体操します。社内の全員が1日に1回は必ず行えるようにとの徹底した体制が採られているのです。

◎導入への問題意識


朝の屋外での体操風景

同社がラジオ体操を導入したのは1985年からです。日本経済が大きな転換期を迎えようとしていた頃と重なります。社長の大島悦男さんは、私見と断りながらその動機について「当社にあっても量から質への転換を求められた時期だったと思います。足元から一つひとつを見直そうと考えて、社員の健康や安全第一を点検する中で、始業前のラジオ体操が必要と判断されたはずです。」と語っています。

ある種の必然性と明確な問題意識を基に導入されたということのようです。理由が記録に残っているわけではないようですが、あれこれと考察があったことがうかがえます。

◎準備運動と運動不足の解消


社長の大島さん

同社の現業部門にあっては、昔ほどではなくとも物を運んだり、持ち上げたりや階段の上り下りなど1日いればそれなりの運動量があります。一方、日勤部門は座ったままのことも少なくなく「この地域では、どこへ行くにも車です。何もしなければ運動なしで終えることにもなります。」ということであり、準備運動もしくは運動不足解消と目的は違ってもラジオ体操の効用を疑う余地はありません。

大島さんは取材の最後に「ラジオ体操については、さらに拡大とまでは考えていません。まずは現状維持です。しかし、社内で講習会を開くなどのレベル向上はあるべきと思います。」と来年度の取組みの一端を明かしてくれました。

【2015年12月22日掲載】

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NC中日本コンクリート工業株式会社
(えぬしーなかにほんこんくりーとこうぎょうかぶしきがいしゃ)さん

《三重県鈴鹿市》

◎素材から製品までの一貫工場

NC中日本コンクリート工業株式会社はコンクリートポールで全国の30%のシェアを持つ日本コンクリート工業株式会社の関連会社です。元は同社の鈴鹿工場でしたが、分社化により別会社となったものです。同社の製品は電車の線路、配電線、通信線路など向けのコンクリートポールであり、コンクリートにあらかじめ圧縮応力を与えてひび割れの発生を防ぐプレストレスコンクリートに特徴があります。

製造工程は鋼線の加工に始まり、鉄筋組立て、型枠の整型、コンクリート注入、遠心力締め固め、プレストレス、脱型と工場内での一貫生産です。セメントに砂や砂利を扱う関係でこの種の工場は汚れ勝ちですが、見学者が少なくないこともあり清掃には力を入れています。

◎ラジオ体操で仕事のメリハリをつける


酒井さん(右)と伊藤さん

毎朝午前8時からラジオ体操第1を第1工場、第3工場は屋内の持ち場で、他の部署は屋外でと3箇所に分かれて行います。約50名と人数の多い第1工場では、班ごとに整列、班長が対面でそれぞれの班の前に立ちます。全体では、組長がやはり全員に向き合うかたちで体操します。また班長、組長以外に持ち回りで「安全の掛け声」をする1名がやはり前へ出て行う決まりです。

社長の酒井幸司さんは「ラジオ体操はこれから仕事を始める上での意識付けとなっています。仕事をする上でのメリハリを形作るともいえると思います。」と話しています。

◎きれいなラジオ体操にしたい

同工場で勤務して8年になるという総務グループの伊藤浩也さんは「着任した当時は、寡黙に見えた現場のベテランたちでしたが、気心が知れるようになって本当に信頼できる人たちであることが分かりました。こうした職人気質のDNAを是非、これからの若い人たちにも受け継いでもらいたい。」と語っています。

酒井社長は「折角、賞をいただいたのだから、これを機会に『きれいなラジオ体操』を工場内に実現したいです。何から始めようか思案中です。」と言っていました。日本人の良きDNAであるラジオ体操をきれいに行うという表現が新鮮に感じられました。

【2015年11月19日掲載】

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茨木ひまわりラジオ体操会(いばらきひまわりらじおたいそうかい)さん

《大阪府茨木市》

◎子供たちの生活習慣改善が始まり

昭和51年の春頃、現会長の金居敏子さんは茨木小学校で教鞭を執りながら、上は小学5年生から一番下の保育園児まで3人の子育て中でした。「朝の支度の忙しい中で、子供たちがなかなか起きてこないことに手を焼いていた。」(金居さん)そうです。

2年生の担任のクラスで保護者などと話すうち、同じ思いであることが分かり、学級通信で「『早寝早起き元気な子』を目指して朝はラジオ体操をしましょう。」と呼び掛けました。これが今日まで続く「茨木ひまわりラジオ体操会」の始まりとなりました。子供たちの生活習慣を改善しようとしたのがきっかけだったのです。

◎会の資金で桜を植樹


まだ明かりが灯るなかでのラジオ体操

体操会場は茨木小学校から歩いて5分の市民会館北側の公園です。会員は約80名いますが、通常の参加者は50名前後。夏休みは子供たちと保護者が加わって100名を超えることもあります。年間行事は、4月に総会兼お花見会があり、夏は1000万人ラジオ体操祭に有志を募って参加、秋には正しいラジオ体操を学ぶ講習会を市民会館内に会場を借りて行います。

また、2、3か月に1度発行する「ひまわり通信」(現在167号)では講習会のお知らせ、活動報告及び会員動向などを掲載しています。7年前の市制60周年のときは、念願だった巡回ラジオ体操会が茨木市で開かれました。このとき、ちょうどラジオ体操80周年だったこともあり、併せて当体操会33周年記念として公園近くに桜を植樹しています。

◎不死身の会長


金居さん(右)と藤賀さん(植樹の記念碑の前で)

金居さんは平成8年に卵巣がんを発病、一旦回復しますが11年に再発しました。このときは末期を宣告されます。それがこの4月、担当医から120%大丈夫と言われるに至りました。入院中、点滴のスタンドを引きながらラジオ体操を行い、病院中の話題となったというエピソードがあります。

金居さんの年来の友人で、この間の金居さんを見てきた藤賀満子(体操会の会計担当)さんは、ご自分もフルマラソンに挑戦するという方ですが、金居さんのことを「その生きようとする気力に感動を覚えるほど。」と言います。

さて、会の継続・発展に欠かせないのは新入会員の発掘です。インタビューの当日も幼子を伴った若い男性が参加していました。お二人は「若い人には特に声を掛けて、定着につながるよう心掛けていきたい。」と語り合っていました。

【2015年12月7日掲載】

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合資会社 浅越機械製作所(ごうしがいしゃ あさごえきかいせいさくしょ)さん

《岡山県岡山市》

◎先頭に立つのは社長の浅越さん

郊外の田園地帯の中にある浅越機械製作所の朝は、7時55分からのラジオ体操(第1)で始まります。天気の良い日は総勢32人の社員全員で、門を入ったところの駐車場を兼ねた広場で行います。常に社員の輪の中に入り、ときには厳しい言葉もかけながら先頭に立つのは社長の浅越正章さんです。会社でラジオ体操を導入する前から、毎朝家で行っていたというだけに、きびきびとした動きは今も変りません。

創業が明治10年で、全国で唯一残った花筵(かえん)織機のメーカーである同社の5代目社長の浅越さんは、社長を任された平成5年にラジオ体操を会社の朝の習慣としました。自分でその効用を実感していたからです。

◎腰痛予防になるラジオ体操


7時55分からのラジオ体操

同社の工場現場は機械の組立て、部品加工などであり、鉄棒など重量物を扱う関係で、腰痛や膝の痛みにつながる可能性があります。ところが、浅越さんによると「実際に腰痛を起こすのは、むしろ軽いものを持ち上げたとき。」と言います。「重いものを持つ際は、気合を入れるので案外大丈夫。油断して軽いものを上げることが原因になることが多い。」のだそうです。

その予防策は、日頃から筋肉を伸ばしておくことで「筋肉の80%を使うラジオ体操は最適である。」ということなのです。

◎若い世代に受け継がれる


社長の浅越正章さん

全員がそろった広場のラジオ体操で、若い社員の姿を何人か見かけました。浅越さんに伺うと、最近まで多かった団塊世代が定年となり、替わりに若い社員が増えたのでした。

昔からの技術の伝承など若い社員の課題は少なくないそうですが「最近入社した人たちは目的意識が明確で、やる気もあります。わが社の将来を託せると思えるようになった。」とのこと。ラジオ体操も若い方々にしっかり受け継いでもらえたらとお話すると「もちろん、私もそう思っています。」と嬉しい言葉が返ってきました。

【2015年12月2日掲載】

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平岡 笑子(ひらおか えみこ)さん 

《徳島県徳島市》

◎雨の日も休まず指導

平岡笑子さんの毎朝通う体操会場は、家から歩いて6分ほどの渭北(いほく)福祉会館前の広場です。放送に合せて6時半からラジオ体操第1、第2を行いますが、平岡さんは91歳の今も15、6人いる体操会員の前に立って指導します。雨の日も必ず来る人がいるからと、休むことはありません。

いつもはこじんまりとした会ながら、夏休みには小学生や幼稚園児も参加、付き添いの父兄も交えて賑やかになります。「夏は本当に楽しみ。」と子供好きの平岡さんは目を細めます。

◎“ラジオ体操”の歩く広告塔


平岡笑子さん

三味線、民謡、日本舞踊、活け花、書道に手芸と多彩な趣味を持つ平岡さん。ラジオ体操を終えると、こうした活動で過ごす毎日です。しかし、63歳の定年を迎えるまでは職業婦人として、しっかり働きました。早くに夫を亡くし、一人息子と夫の両親とともに暮らしてきました。大学食堂の料理主任となり、15人の部下とともに毎日350食作ったのです。「自分で市場へ出向き、これと思った魚を直接買って、あれこれ料理を考えるのが楽しみだった。」と言います。

ラジオ体操は50年前に、民謡愛好者の一人から誘われて始めたのがきっかけでした。「その歳でなぜそんなに元気か。」と聞かれることが多いそうですが、そのたびに「あなたもラジオ体操をすれば元気になるよ。」と普及に努めています。

◎こころの健康保持にも努める

日中多忙な平岡さんは、暮れてから運動のために家の近くを歩くことも少なくないそうです。懐中電灯を手に夜光塗料付きのたすきをかけます。こうして、一日に最低でも1時間の歩行を欠かさずに続けているのです。

ラジオ体操と歩行を体の健康保持とすれば、もう一つ心がけているのがこころの健康を保つことです。それは「すみません」、「ありがとう」を常に言うようにする。反対に他人の悪口は絶対に言わないこと。「人間誰しも口惜しいこと、辛いことはあります。しかし、“今日何も辛いことなし”と口にして思い直すことにしている。」と言います。貴重な人生の先輩の言葉だと思いました。

【2015年12月2日掲載】

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社会福祉法人光風会 特別養護老人ホーム光風荘
(しゃかいふくしほうじんこうふうかい とくべつようごろうじんほーむこうふうそう)さん

《佐賀県太良町》

◎導入して10数年後に午後(ラジオ体操第2)を追加

社会福祉法人光風会特別養護老人ホーム光風荘は、昭和54年4月に開所しました。公立(太良町が土地、基金の一部を提供)民営で、現在の職員数は75人。入所者の定数は85人、別に短期が20人でベッドは105床あります。また、デイサービスを1日に35人が利用します。

ラジオ体操は、午前は朝礼後の9時10分から第1を行います。また、午後は昼休み後の2時から第2を実施しています。職員が中心ですが、入所者の方にも見てもらえるように全館に広がって行います。開所当時は朝だけでしたが、10数年経ってから午後を追加しました。

◎コミュニケーションの効用も


朝のラジオ体操風景

生え抜きの職員で、36年間勤務している施設長の鶴田義廣さんは「目的は職員の腰痛予防です。腰痛は仕事上からくるもので、マッサージや腰痛保護ベルトを利用する職員は今も少なくないです。けれども腰痛が原因で仕事ができなくなったという者はいません。ラジオ体操の効用と思っています。」と語っています。

効用はそれだけではないようで、職員の元気な姿を見て自分も加わろうとする入所者もいます。また、職員同士のコミュニケーションを図る場ともなっているとか。鶴田さんは「もっと体操に集中しなさいと注意したい気持ちもある。」そうですが、それを口にすることを控えています。仕事の連携の上で、職員間の情報共有は大事なことであり、忙しい職員にとっては貴重な機会となっているからです。

◎盛り上がる文化祭


鶴田義廣さん

光風荘の伝統行事として、毎年10月に行われる文化祭があります。入所者に加えてその家族、役員、町幹部、ボランティアグループなどが招待され、それぞれが交流する一大イベントとなっています。入所者の作品展示や音楽発表会などがありますが、最も盛り上がるのは職員による演芸会です。10班ほどに分かれて創意工夫を凝らして歌あり、寸劇ありの様々な出し物が組まれます。

時には飛び入りで町長が得意のノドを披露するといった、サプライズもあります。当日は300人近い人が集まり、多目的ホールがぎっしり埋まると言います。

都市部の高齢者の地方移住が政治のテーマに挙げられていますが、光風荘のような施設が多く用意することも地方移住を推進する条件の一つではないか、との感想を持ちました。

【2015年11月19日掲載】

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浦崎 節子(うらさき せつこ)さん

《沖縄県南風原町》

◎放送の現場で助手を務める

ラジオ体操第1が放送開始されたのは昭和26年5月ですが、浦崎さんはそれに切り替わる前のラジオ体操(同21年〜22年放送)のメロディーの一部を今もそらんじることができます。子供の頃から馴染んでいたのです。

本格的なかかわりは大学に入ってから始まりました。当時の沖縄は、NHKが開局する前だったため、琉球放送(KSAR)が大学の構内の放送局からラジオ体操の指導放送を行っていました。大学の先生が交代で指導していましたが、号令を掛けるときはマイクの後ろに実際に学生に体操をさせてそれに合わせて声を掛けていました。体操選手だった浦崎さんはその役に選ばれ、指導者としての第一歩を踏み出します。

◎1000万人沖縄地方祭で指揮台に


浦崎さん

昭和38年に高校の体育教員となり、授業では準備運動、整理運動に必ずラジオ体操を採り入れてきました。48年に沖縄地方ラジオ体操連盟が結成され、その後は連盟の派遣指導員として教職の傍ら各地へ指導に出向きます。平成11年まで実施されていた1000万人ラジオ体操沖縄地方祭では、指揮者として活躍しました。

この間に大学の先輩で同じく教職の道を歩まれていた猛氏(現沖縄地方ラジオ体操連盟会長)と結婚、お二人の息の合った指導者講習は後述するように沖縄での次世代育成の大きな原動力となっています。

◎指導者養成に手ごたえ

平成12年に小学校長を最後に教員生活に別れを告げた後、地域での多くの活動がスタートしました。現在、地方連盟の普及部長でありラジオ体操指導者向けの講習や、お年寄りの居場所づくりを目的としたラジオ体操中心の健康教室などに取り組んでいます。

昨年夏から始めた地方連盟主催の有資格者(1級・2級指導士)対象の指導者研修会(2か月に1回開催)では、夫君とペアで毎回2時間たっぷり講習します。「自分がやれるというだけでは指導はできません。教える相手に理解させる言葉が必要。」(浦崎さん)との考えから、実技だけでなく理論の裏づけや周辺知識の習得、話法まで幅広く伝えます。

最近、この研修会に参加した有資格者を伴ない地域の巡回指導を行いました。この中で、実際に彼らに講習を分担してもらいました。浦崎さんは「臨機応変の対応などで自信がついたと思います。」と話し、充分な手ごたえを感じている様子でした。

【2015年12月21日掲載】

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