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全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、これらの受賞者の方々の中から全国表彰受賞者で取材に応じていただけた個人もしくは団体の代表者の方にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していくものです。(掲載は順不同)

平成28年度平成27年度平成26年度平成25年度平成24年度平成23年度

平成26年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成26年度の全国表彰は5個人、10団体が受賞し、8月3日、神戸市で開かれた1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、受賞者名50音順で表示。)

地域受賞者名内容
北海道岡本 一雄 さん掲載済
宮城県安彦 桂子 さん掲載済
栃木県蜩c 利夫 さん掲載済
東京都澤本 孝代 さん掲載済
東京都杉並区ラジオ体操連盟 さん掲載済
神奈川県戸部公園ラジオ体操協会 さん掲載済
新潟県三幸製菓株式会社 さん掲載済
静岡県浦田 志信 さん掲載済
福井県硝和硝子株式会社 さん掲載済
兵庫県さくら健康クラブ さん掲載済
和歌山県紀州ファスナー工業株式会社 さん掲載済
鳥取県学校法人米子自動車学校 さん掲載済
高知県西部体操愛好会 さん掲載済
熊本県学校法人有明中央学園 長洲ひまわり幼稚園 さん掲載済
沖縄県沖縄トヨタ自動車株式会社 さん掲載済

岡本 一雄(おかもと かずお)さん

《北海道遠軽町》

◎子ども会で普及に尽力


自宅前でポーズ

岡本一雄さんが何人かの有志の人と共に、遠軽町でラジオ体操連盟を設立したのは昭和55年でした。その7年前から子ども会育成会の体育部長をしており、ラジオ体操に関心があったところへ誘いがあって応じたのです。それから夏休み期間は、子ども会活動の一環として子供とその親を対象にラジオ体操の普及に努めました。一方、高齢者中心に5月から10月までは、地元の名所である地上78メートルの瞰望岩(がんぼういわ)でそれより以前から朝のラジオ体操が行われており、この人たちも巻き込んで活動したと言います。

現在、同連盟も世代交代の時期を迎えていますが、「4、50歳代の何人かが指導者として育ってきており心強い。」状況とか。

◎比類ない世話好き

遠軽ラジオ体操連盟では、この11月29日に4年ぶりに指導者講習会を開きます。岡本さんが全国表彰を受けたことで、町内にはラジオ体操への新たな関心も集まっており、「前回より多くの学校の先生、保健師さんなどに来てもらい盛り上げたい。」と岡本さんは準備に余念がありませんが、その次には年明けの耐寒ラジオ体操会が待っています。

「この1、2年のことですが、近所でも朝の6時半になると以前より多くの家からラジオ体操の音楽が聞こえてきます。環境は良くなっていると思うので、是非ともこれらの行事を成功させたい。」との思いなのです。また、世話好きの性格から、580戸ある地元の自治会長を20年以上務めるなど顔の広さでは比類ないだけに、会員からの岡本さんへの期待は大きいようです。

◎健康管理を意識して早めの対処

岡本さんの1日は、毎朝6時に起床。6時半からのラジオ体操、その後7時に食事です。それから1時間は庭の剪定など庭仕事。続いて様々な関係団体との打ち合わせなどがあり、それが済むと夏の場合はパークゴルフをほぼ一日おきにするそうです。冬は室内で健康器具を使った運動に汗を流します。そして夕方6時に食事、午後9時には床につきます。夕食時の晩酌は毎日ですが、適量を超えることはありません。

健康面では、血圧は高めだそうですが医師の処方になる薬を欠かさず続け、120を維持しています。「何かあっても自分で意識して早め早めに対処する。」ことを心がけているそうです。こうして86歳の今、風邪一つ引かない元気な日々を過ごしています。この歳になったらこうありたいと皆が思う日常ではないでしょうか。

【2014年11月27日掲載】

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安彦 桂子(あひこ けいこ)さん

《宮城県仙台市》

◎体操指導と連盟事務を続けて43年

日本体育大学を卒業、仙台市で高校の体育教師になった安彦さんは、2年の学校勤務の後、仙台市教育委員会へ入りました。当時、同教育委員会内には仙台市ラジオ体操連盟の事務局が置かれており、職員が本業の傍らで事務を行っていました。安彦さんが配属されると、周りから「待望の適任者が現れた。」と評価され、直ぐに担当となリ、事務だけではなく、体操指導も行うようになっていました。

以来、今日まで43年間にわたってラジオ体操の指導と事務を続けてきました。仙台市ラジオ体操連盟は、かねてから子ども会や地域の体操会へのきめ細かな指導を実施するとともに、東日本大震災以降は仮設住宅などへの精力的な出張指導を行ってきました。安彦さんはその中心メンバーの一人として今日も元気に指導を続けています。

◎震災で気付いたこと

東日本大震災では、仙台市内でもほとんどの家が、何らかの被害を被りました。安彦さんは1階の居間にいたのですが、テレビが倒れたり棚の中のものが全て飛び出したりしました。驚いて外へ出てみると「大地が大きく波打ち、電線は今にもこちらへ飛んできそうだった。」とか。ひどいショックを受けた人の中には、それまで毎朝出ていたラジオ体操会に顔を見せなくなった方もいました。そんなとき「市内のラジオ体操会の中には、姿を見せなくなった人を訪ねて様子を聞いたり、声をかけて励ますなどの取組みもなされた。」と言います。

指導者である安彦さんたちは、津波に遭った被災地の仮設住宅などへラジオ体操指導の巡回を重ね、被災した人々を励ます活動を行ってきましたが、その他の会員の間でも仲間同士のサポートがなされていたわけです。安彦さんは「ラジオ体操ならではの良い面に改めて気付かされました。」と語っています。

◎ラジオ体操で自分の体と会話

安彦さんは、月に6、7日はコースへ出るというゴルフ好きでもあります。コースへ出るときは、家で入念にラジオ体操を行います。「下半身を固めて上半身を使う運動がゴルフの“振る、戻す”の動きと共通しており、正確なショットにつながる。」と考えています。

好きなゴルフにも、しっかりとラジオ体操を活用している様子がうかがえますが、身近な効用としてはそれ以外に「体を万遍なく動かすことで、その日の体の各部の調子が分かる。」ことを挙げます。「首、肩、腰など、いつものようにスムーズに曲がらない、または痛みを感じることがあります。その場合は、その部分のストレッチをしておく。」と言います。「言ってみれば、ラジオ体操を通じて自分の体と会話するような感じでしょうか。」と言われ、「これからも一生、対話を続けていきます。」と語っていました。

【2014年10月31日掲載】

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蜩c 利夫(やなぎだ としお)さん

《栃木県宇都宮市》

◎体育指導員になって一念発起


自然の森公園で

蜩c利夫さんは38歳のとき、宇都宮市から体育指導員に任命されました。若い頃、陸上競技の選手として活躍、その後足の怪我で一線を退きましたが、マネージャーなどの活動を社会人になってからも続けており、その実績を買われての起用でした。

そこで「さて、何を手がけたものか。」と熟考した結果、「誰でもできて健康になるラジオ体操を広めてやろう。」と決めました。早朝、県営総合グラウンドのある公園へ出かけて行き、散歩をしている人に声をかけて4、5人でラジオ体操会を立ち上げました。

とはいっても、それまで蜩cさんはラジオ体操を小中学校の頃に覚えただけで、正式に指導された経験はありませんでした。初めのころは「郵便局でもらった図解のパンフレットが頼りだった。」そうです。

◎会立ち上げのエピソ−ド

ラジオ体操会で指導するための対面の動きは、参加者の一人に前に立ってもらい一動作ずつ覚えていきました。その頃の蜩cさんは普通のサラリーマンでしたが、夜勤が週に何日かあり、夜勤明けはそのまま会場に向かうことができました。こうして6時半スタートのラジオ体操会には、ほぼ週に4日行くことができました。一つの会場を立ち上げ、自分の代わりに指導できる人が育つとまた新しい会場を立ち上げていきました。

しかし、新会場の立ち上げは楽なことばかりではありませんでした。「朝から変な人がうろついて通行人に声をかけている。」と警察に通報されパトカーが飛んできたり、夜勤明けの人から“うるさい”とどなり込まれることもありましたが、「“(体操を)やってから寝たらどうだ。”と逆に誘ったら納得して参加してくれるようになりました。」(笑い)などの経験もありました。

◎喜んでもらえる嬉しさ

草の根のラジオ体操指導を続けて28年、その原動力は何なのかを聞くと「教えられた基本どおりに行ったところ、その日から体が動かなくなった。けれども我慢して続けたらその方が楽になった。そんな話を聞くとやっていて良かったという気持ちになれます。」と顔をほころばせます。元気になったと喜んでもらえることが嬉しいのです。

蜩cさんは現在、忙しい仕事を抱えながらも栃木県ラジオ体操連盟会長として、県内小中学校での朝の会場立ち上げに奔走しています。「学校に体操会があれば、夏休みなどで子供たちも参加しやすい。老若が一緒に体操できるのは楽しいですから。」と新たな活動に挑戦の日々です。

【2014年10月31日掲載】

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澤本 孝代(さわもと たかよ)さん

《東京都千代田区》

◎息子の代わりに始めた会の手伝い

澤本孝代さん
澤本孝代さん

澤本さんとラジオ体操との関わりは昭和55年からです。当時、幼稚園に通う三男の息子さんと一緒に麹町小学校の夏休みラジオ体操会に参加しました。この息子さんが小学校、中学校と熱心に体操会活動を続けましたが、高校に入って止め、代わりに澤本さんが小学生の指導に携わるようになったのが指導者としての第一歩でした。平成10年には初めて都連の指導者講習会に参加、同じ頃、年中無休会場の東郷公園体操会に毎日出かけるようになり、指導経験を積んでいきました。

生来のスポーツ好きです。45年続けている水泳をはじめ、スキー、ストレッチ、ゴルフにスキューバダイビングのどれも現役です。現在、千代田区でただ一人のラジオ体操1級指導士として、各会場での指導や後進の育成に忙しい日々を過ごしています。

◎大震災避難者を応援した53日

東日本大震災があった年の5月9日から6月30日までの53日間、澤本さんは毎朝、旧グランドプリンスホテル赤坂へ出かけて、そこに滞在する避難者を対象にラジオ体操を指導しました。東京都の受入れ決定に応えて、地元では支援組織として「麹町連合町会サポーターズ」が結成されましたが、そこから協力を依頼され指導員として加わったのです。

「当初はぎこちない動きの方も少なくなかったのですが、終わりの頃には皆さんが伸び伸びと綺麗に体操をするようになりました。」と指導の成果を語ってくれました。それとともに、体操が終わった後で、「東京都が援助した300円の朝食をともにしながら、避難者の方々と四方山話をできたのがとても良かった。」と言います。厳しい境涯に置かれた人々の身体だけでなく、心のケアの一助にもなったことでしょう。

「このとき知り合った人で、今も付き合いのある人が何人かいますよ。」と言う澤本さん、時々、遠方の友人たちに思いを馳せています。

◎千代田区連盟の理事長

澤本さんは、「ここしばらく風邪ひとつ引きませんね。」と言うように、年に1度、区の健診を受けるほかは医院とは縁遠い日々を送っています。そんな澤本さんが、日頃、高齢者への指導で口にするのは「胸を張って、姿勢を正しく。」ということ。「年を取ると、ついつい前かがみになりがちです。胸を張るように心がけるうちに、背が伸びたという人もいます」とか。

多忙な澤本さんですが、今年からは千代田区ラジオ体操連盟理事長となり、更に動き回らねばならなくなりました。「イベント案内のポスターをカラーにするとか、張り出す場所を増やすとか細かいことからやりたい。」と女性らしさを生かした運営方針を打ち出しました。

また、12月の指導士認定試験には同区から1級受験者3名を予定、後進の育成にも心を砕いています。

【2014年10月31日掲載】

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杉並区ラジオ体操連盟(すぎなみくらじおたいそうれんめい)さん

《東京都杉並区》

◎毎朝500名参加の会場も

朝の妙正寺公園で
朝の妙正寺公園で

杉並区ラジオ体操連盟の創立は昭和38年8月です。昨年50周年を迎えました。杉並区では、既に昭和26年の新しいラジオ体操の開始以来、各小学校の夏休み行事として広く実施されていましたが、30年代に入って学校行事の見直しが行われ、実施主体が町会、子ども会などの地域住民に替わっていきました。小学校に代わる公園、神社などの会場の整備と住民の指導者育成が進み、連盟創立につなげた歴史があります。

現在、区内には妙正寺公園、蚕糸の森、善福寺川、井草森公園、桃井原っぱ広場、天沼弁天池公園、久我山の七つの主要会場があります。小さい会場で50名、大きい会場は500名からの人々が毎朝参集してラジオ体操を行っています。

◎国民体育大会参加を実現

同連盟では、1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭、夏期巡回ラジオ体操、みんなの体操フェステバルなど様々なラジオ体操行事に参加していますが、連盟主催の行事として年に一回、区内の小学校を会場に「杉並区民体育祭・スポーツレクリェーション大会ラジオ体操会」を実施しています。毎年、会場の小学校を替えて実施しており小学生、父兄、地域住民ら数百名が集い、ラジオ体操はもちろん、表彰などのセレモニーも併せて行います。

培われたイベント実行力は、平成25年10月6日に上井草スポーツセンターで開かれた国民体育大会デモンストレーション行事(特別巡回)で遺憾なく発揮され、大会を成功裡に導きました。昨年まで10年間連盟理事長を務めた榎本忠良さんは「杉並区の行事に長年にわたって積極的に協力してきたことが国体誘致につながったと思う」と言います。

大澤さん(右)と榎本さん(左)
大澤さん(右)と榎本さん(左)

手作り募金箱
手作り募金箱

◎地域の人々とともに

区内最大のラジオ体操会場である妙正寺公園には、毎月11日に会場に設置された台上に「ラジオ体操11日募金」の募金箱が置かれますが、これが全国ラジオ体操連盟配布の透明ケースでなく縦30センチ、横20センチ、幅5センチもある木製の頑丈な箱です。これは大澤俊会長の手作りです。会長によると「募金が多いからとても配布された物では間に合わない。」と、得意の木工細工の腕前を振るったというわけです。現在も毎月数万円の浄財が集まるそうですから、単なる見せかけではありません。

大澤さんは「ラジオ体操というのは、ただ健康のためにするということではなく、親睦を深めながら人と人の絆を強まることにつながっている。」とし、「今後も地域の皆さんとともに普及に努めたい。」と語っていました。

【2014年10月31日掲載】

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硝和硝子株式会社(しょうわがらすかぶしきかいしゃ)さん

《福井県福井市》

◎作業開始に不可欠のラジオ体操

朝のラジオ体操
朝のラジオ体操

硝和硝子株式会社はビル用ガラス工事を中心に、硝子、アルミ建材、自動ドア、サイン(屋外広告)、産業・工業の5事業部を持ち、北陸一帯に販路を持つ地域に密着した会社です。ガラスを建設現場ではめ込む作業は、現在も多くの人手に頼っており安全に作業するためには十分な注意が必要です。

同社の高村茂章会長は「扱いを誤れば大きな事故につながるだけに、仕事の開始に当たっての準備運動は欠かせない。」と言います。そのようなことから、ラジオ体操は会社設立の当初から行われてきました。

◎事業部ごとに朝の体操

高村茂章会長
高村茂章会長

会社の始業は8時ですが、その前の7時45分からラジオ体操を行います。5つの事業部ごとに分かれてラジオ体操第1を、各部門10名から20名が参加します。皆の前に立って体操する社員は、その日によって替わります。当日の仕事の段取りを伝える役目の当番社員が体操の指導も行います。

高村会長は「7時45分に来ていなければ遅刻扱いにします。」としているほど、ラジオ体操を重視しています。「事故が無いように、そして全員が健康であること。これを朝のラジオ体操で確認する。」という大事な狙いがあるからに他なりません。

◎福井の人は粘り強い

同社の創業者は高村会長の母上で、満州からの引揚者でした。大阪の硝子会社の福井出張所で事務員からスタート、その仕事ぶりが認められて遂には会社を興すまでになった立志伝中の人です。会長は大学を出て大手銀行に就職しますが、8年ほどで退職して母の後を継ぐことにしました。母の苦労を見かねての決断でした。

同社はガラス工事からスタートし、現在もガラスが主ですが、プラスチックの梱包材料や自動ドアのメンテナンスなどなど、地域に密着した数多くの分野へ進出しています。高村会長は「福井の人間は派手さはないが、粘り強いのが特徴です。仕事もラジオ体操も粘り強く続けていきますよ。」と力強く決意を語ってくださいました。

【2014年10月31日掲載】

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さくら健康クラブ(さくらけんこうくらぶ)さん

《神戸市須磨区》

◎桜並木の公園が会場


朝の妙法寺川北公園で

さくら健康クラブは神戸市須磨区にある妙法寺川北公園を会場に、毎朝6時半からラジオ体操第一、第二を実施している年中無休の体操会です。取材に伺った11月初旬は、春はさぞやと思わせる桜並木が真っ赤に色づいていました。

藤本fさんはこのクラブを昭和61年に立ち上げ、今も会長を務めています。昭和47、8年の頃から須磨の海岸近くの体操会に参加していましたが、当時の家により近く桜のキレイな公園が相応しいと思ったのです。藤本さんは同クラブの特徴を「とくに厳しい会則などはなく、ゆったりとした会です。ただ神戸市から公園の管理を委託されており、公園掃除や花壇の手入れなどは会員の手でやることになっている。」とのことです。

◎阪神・淡路大震災を乗り越えて

藤本さんご自身と会の運営で大きな影響があったのは、平成7年の阪神・淡路大震災です。会場周辺は家屋の倒壊、焼失に見舞われ死傷者も多く出ました。公園には仮設住宅が建てられ、公園内で体操ができない状態が2年間続きました。藤本さんは公園の近くにあった家、工場、店舗などの多くを失い、工場は閉鎖、住まいも高倉山に移さざるを得ませんでした。その後のクラブの活動は、仮設住宅が撤去されてから再開しました。以後、藤本さんは高倉山から片道1時間をかけて通っています。

現在の参加者は常時80〜100人、夏には小学校の児童が毎日5、60人加わり、多いときは250人程度に膨らむこともあるそうです。

◎10組の当番で会活動を支える


藤本 f 会長

毎朝の活動を支えるのは、全部で10組ある当番の役員さんたちです。2、3人が一組となって4、5日ごとに交替する輪番制を採っています。当番になると、5時50分に会場へ集合、公園内にある専用の小屋からラジオ、机、スタンプなどを取り出して準備します。6時からスタートの6時半までは次々に現れる会員の出席カードにスタンプを押します。

公園の清掃、草取り、花壇の手入れなどを随時行うほか、毎年行われる神戸マラソン設営や警備奉仕などにも参加しています。藤本さんは「震災のときは、随分と惨めな思いもしましたが、こうして復興でき健康でいられる。ラジオ体操を続けてきて良かったと思っています。」と語っていました。

【2014年11月27日掲載】

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紀州ファスナー工業株式会社(きしゅうふぁすなーこうぎょうかぶしきかいしゃ)さん

《和歌山県印南町》

◎製造業を支える会社

紀州ファスナー工業株式会社は販売部門の紀州ファスナー梶A現工場の更なる効率化を目的とした2013年操業の紀州ファスナーテクノ鰍ニともにグループを形成、設立時の社名を「紀州ネジ製作所」と称したナットの専門メーカーです。主な製品の販売先は自動車、建設、電機、重機など日本の主要な製造業であり、地味ながら日本の産業を根元で支える会社です。

ラジオ体操は紀州ネジ製作所和歌山工場として操業を開始した昭和46年から中江理廣社長(現会長)の方針で「始業に当たっての一つの規律」として導入されました。

◎始業に必要不可欠なラジオ体操


玉置さん(左)と片山さん(右)

自動車、電機などの業界で使われる同社のナットは、寸法で10分の1ミリから、100分の1ミリ、ねじ山に至っては1000分の1ミリというミクロン単位の精度が要求される極めて精密な部品です。専用の横型プレス機などで作られますが、生産ラインの担当者には機械の微妙な変化に合わせて調整する熟練が要求されます。取締役生産本部長の玉置豪志さんは「始業に当たっては、スッキリした脳と体調で臨まないと不良品の山を築きかねません。ラジオ体操はそのために必要不可欠と認識しています。規律に加えて、作業能率、労働安全といった面でも大事な役割があると感じています。」と言っています。

◎職場のラジオ体操を実感


始業前のラジオ体操

現場の品質管理を担当する片山和士さんも「極めて精密な機械を使っていますが、品質を保証する最後の拠り所はやはり作業者の能力にかかっています。研ぎ澄まされた神経と無駄のない動作が必要です。」と語っています。

朝の始業前のラジオ体操風景を写真に収めながら、インタビュアーが気づいたことがあります。指導者に向かって縦に職場ごとの列をつくる若い社員の皆さんがいますが、そのちょうど真横の位置で体操する5、6名の方々がいました。後で伺うと管理職の人たちで、横から部下のその日の調子を見ておられたのでした。気づいたことがあれば、後でそれとなく本人に伝える場合もあるそうです。公園のラジオ体操会とは一味違う職場のラジオ体操を実感しました。

【2014年11月27日掲載】

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学校法人米子自動車学校(がっこうほうじんよなごじどうしゃがっこう)さん

《鳥取県米子市》

◎毎朝朝礼の前にラジオ体操


校舎前での朝のラジオ体操

学校法人米子自動車学校は、普通車から大型特殊車まで公安委員会免許のすべての運転免許のほか、労働局所管のホイールローダー、フォークリフトなどの運転資格について教習を行っています。経営理念として「地域のみなさまに信頼され支持される自動車学校」を掲げています。

ラジオ体操は昭和41年2月に現在地へ移って以来、職員対象に行っていますが、校長の隂山昭夫さんは「始業に際しての準備、事故防止、健康促進が目的です。」と導入の狙いを語っています。通常は午前9時半から、業務繁忙期には8時半から5分間を充て、その後に朝礼する決まりです。現在、教習指導員43名、事務職員その他で17名という陣容ですが、業務上のことがあり毎日の参加者はこのうちの約半数ということです。

◎徹底した地域密着

同校の特徴は、徹底的な地域密着を打ち出していることです。広く他県から生徒を募集する合宿教習をあえて行わないのも、地元優先の考えから。中でも地域の住民と交流するための感謝祭は、毎年春の交通安全運動期間中の日曜日に開かれ、広い教習所敷地と校舎をフルに使って行われます。

射的、金魚すくい、食べ物の屋台、パトカー・消防車などの展示、子どもたちの合唱、高校生のダンス、芸能人のライブ、子どもたちの仕事体験などなど盛りだくさんです。朝の10時から午後3時までたっぷり楽しめるイベントで、来場者は5千人近くとなります。これだけの行事でありながら、すべての企画・進行を若い職員が中心になって進めています。「若い職員の一体感を醸成するうえでも大事な経験になっている。」(隂山校長)と言います。

◎受賞を機会に新たな取組み


隂山昭夫校長

隂山校長は今回の全国表彰に際しては、学校を代表して神戸市での1000万人ラジオ体操祭と全国表彰授賞式に臨みました。その時の感想として「目の前でラジオ体操の先生やアシスタントの方々の動きを見せてもらいました。そのメリハリのある素晴らしい動きに感動しました。帰って早速、職員の皆にこのことを伝えました。そして、改めて皆でこれからは自己流でない正しい体操を徹底していこうということになりました。」と語っていました。受賞を機会に新たな挑戦が始まろうとしています。

【2014年11月27日掲載】

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西部体操愛好会(せいぶたいそうあいこうかい)さん

《高知市旭町》

◎文化の日に表彰


吉村会長(右)と受賞者のみなさん

西部体操愛好会は高知市を流れる鏡川の河川敷(トリム公園)を会場とし、雨の日と日曜日を除く毎日実施しています。カセットデッキを使い、夏は6時20分から、冬は同45分から、春と秋は同35分からと年に3回少しずつ時間をずらして、みんなの体操、第1、第2を行います。現在の会員は45名、毎年11月3日の文化の日には継続年数に応じて5年、10年、20年の表彰を行っています。

また、春は花見、夏はビアガーデン、秋は焼肉、12月は忘年会と年に4回懇親会があり、会員の楽しみとなっています。

◎気持ちの良い環境


吉村きみ子会長

会場の鏡川河川敷は広いうえに四季折々に草花が咲き、水鳥が訪れる環境の良いところです。現在2代目の会長である吉村きみ子さんも昭和60年に会社を退職した後、毎朝このあたりを散歩するようになり、この会を見つけて入会しました。平成13年から会長を続けていますが「とにかく会員の皆さんが協力的で、気持ちよく運営できます。場所の良さとともにこの会の一番の特徴と思います。」と話しています。

多くの人が散歩に訪れることから、「ときどき入会を申し込まれる方がいて、毎年5人は新人が加わります。」とのこと。

◎欠かせない体操後のおしゃべり

吉村さんがラジオ体操を現在も続けているのは「定年後から始めて年を追うごとに、体の調子が良くなることを実感した。」からであり、また、体操会で行うことは「会員の皆さんとのコミュニケーションを図ることが得がたいから。」と思っています。

毎朝の体操の後、吉村さんは会員の5、6人を誘って歩いて行ける距離のお店でモーニング珈琲をいただくことにしています。「おしゃべりして帰るのですが、一日のうちで欠かせないアクセントになっている。」そうです。また、「周りにはラジオ体操を始めて健康になったという人が多いです。」とインタビューの最後まで強調されていました。

【2014年11月27日掲載】

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戸部公園ラジオ体操協会(とべこうえんらじおたいそうきょうかい)さん

《横浜市西区》

◎親子の参加が増えている


元旦の日の出を拝んでから体操
(ラジオ体操協会のみなさん)

戸部公園ラジオ体操協会は60年近い歴史のある体操会です。年中無休で、毎朝6時半からのNHK放送に合わせて第1、第2を行います。年に一度、元旦だけは6時に集合してから、近くの神社にお参りして、みなとみらいにある臨港パークで日の出を拝み、7時からカセットでラジオ体操をする決まりです。

参加者は通常で4、50人、夏休み期間は120〜130人に増えます。たぶん5代目という現会長の増山豊さんは「地元の西区や近くの小学校で奨励されていることもあって、夏休みには親子の参加が増えるとともに、通常期でも若い方がぼつぼつ加わるようになっています。」と会は上り調子のようです。

◎効用のサムシング

ラジオ体操の効用について、増山さんは「初めて参加した方がよく言われる話として、1か月か、2か月すると体が柔らかくなること、それと知らない人と友達になれて嬉しいということ。」を聞くそうです。また、「家族から若返ったと言われる方も何人かいます。他人から見られることで、身だしなみとか化粧とかにも気を使う。それがプラスに作用していると思う。」と言うように健康面に加えてのサムシングにも言及していました。

会員の中には、ラジオ体操の終わった後、近くの小公園のベンチで歌謡曲や童謡などを10人前後で歌うグループもあります。「お口の体操を始めましょう。」というのが始まる時の合言葉です。

◎目的を持って講習を受ける


会長の増山 豊さん

同地区では2年に一度、地域ケアセンターの体育館で元NHKラジオ体操アシスタントによる講習会が開かれています。戸部公園からは増山さんを含む10人ほどが参加しており、指導法に磨きをかける機会となっています。

増山さんは「ただ漫然と講習を受けるのではなく、目的を持つように心がけている。」とか。「腕の動き、指の動きはどうかとか、今度はこれを覚えようなどと考えながら。」参加します。

約2時間の講習で「汗びっしょりとなり充実感を味わえる。」と言います。一方、今回の受賞以来「みんなの動きがそろうようになった。真剣味が増す効果があったに違いない。」としており、会全体のレベル向上も視野に入れています。

【2015年1月9日掲載】

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三幸製菓株式会社(さんこうせいかかぶしきかいしゃ)さん

《新潟市北区》

◎35年間変わらず継続


元気よく手を伸ばす(本社にて)

三幸製菓株式会社はせんべいを主な製品とする食品メーカーで、新潟県内に三つの工場があり、また北海道から九州までの全国に営業拠点を持っています。新潟県は全国のスーパーの棚に並ぶせんべいの9割以上(進物用以外)を生産する一大産地ですが、その中でも二番目の規模という大手です。

ラジオ体操は生産ライン、営業、間接部門がそれぞれの職場で毎日、始業前に実施しています。工場は原則として二交替制であり、朝の5時25分に始める早番と13時25分からの遅番があります。また間接部門は8時10分から始業しています。

本社総務部長代行の源川信栄さんは「ラジオ体操を始めて35年になりますが、朝のけじめ、安全衛生、事故防止といった目的があり継続しています。」と言います。

◎工場の事故防止が当初の意図

同社の従業員は全体で約1,000名。そのうち8割の人が工場勤務です。工場は大きく分けて三つのパートに分かれています。米、もち米を原料にせんべいの生地をつくる第一の工程、次にこれを焼いたり味付けしたりする第二の工程、そしてできた製品を包装する三番目の工程です。このうち重いものを運ぶなど負荷の比較的大きいのが第一と第二の工程です。源川さんは「ラジオ体操を採り入れることを決めた創業者の当初の頭にあったのは、恐らくこの二つの工程の安全、事故防止だったでしょうね。」と推測しています。

◎原点に立ち返る


源川 信栄さん(本社総務部長代行)

同社では、毎日の始業前のほかにも主な行事にラジオ体操が行われます。一つは秋の運動会。毎年、三工場の従業員を中心に500〜600人が参加しますが、ラジオ体操を開始前にしっかりやって怪我のないようにしています。また、同じく10月に営業マンと間接部門を全国から集めた研修会を1泊2日で実施しますが、これも2日目の朝には「きっちりラジオ体操で締める。」そうです。

源川さんは、今後の同社でのラジオ体操について「全国表彰を受けたことでもあり、もう一度原点に立ち返る必要がある。」と言います。「皆がきっちり気合を入れて、正しい姿勢で体操ができるようにしたい。場合によっては、講師を招いての講習会も視野に入れている。」とのことです。正しい体操を徹底することで、安全・自己防止に向けてより効果が上がることでしょう。

【2015年1月9日掲載】

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浦田 志信(うらた しのぶ)さん

《静岡市駿河区》

◎持病の克服で確信


浦田 志信さん

昭和63年当時、浦田さんはぜんそくの持病を抱え、加えて体重が100キロに達しており、自宅の2階へ上がるのも息が切れるといった状態でした。そんなある日、一念発起して始めたのがラジオ体操でした。自宅近くの大浜公園で散歩仲間に呼び掛け、同時に会場をも立ち上げました。病気の回復と体重減らしに2年間かかりましたが、これが「ラジオ体操は健康保持につながる。」との確信となったと言います。

平成11年には、静岡ラジオ体操連盟の前理事長である松井平造さんから勧められて、安倍川以西の地域でラジオ体操会場の立ち上げを始めました。「初めの頃は勝手が分からず、知らない土地で3か月間ラジオを持参し、ひとりで体操していた。」こともあったそうです。

◎正しいラジオ体操が第一

安倍川以西での最初の会場立ち上げに成功したのが、平成13年でしたが、以後は設立に並外れた情熱を傾けるようになりました。平成26年3月までに18会場を立ち上げたのです。「会場の無いところへ会場をつくり、ラジオ体操を普及させたい。」という思いは静岡連盟理事長(平成26年春就任)となってますます強いようで、「藤枝、富士、富士宮に連盟を発足させたいと思っていますが、その次は沼津、伊豆、島田などへも普及の手を伸ばしたい。」と言います。

まるで戦国武将の領地拡大を連想させますが、浦田さんは単に広がればよいと考えているわけでは勿論ありません。「静岡連盟の目標は三つです。第一は正しいラジオ体操の普及、第二はそのための指導者育成、第三は子どもたちの参加です。」と言い、会場立ち上げはそのための第一歩に過ぎないのです。

◎ラジオ体操活動に全身全霊

静岡連盟では正しいラジオ体操普及のための講習会を年に5〜6回行うほか、市内の八幡会場では指導者クラス対象の講習会を毎週土曜日の午前6時40分から8時までかけて取り組んでいます。同連盟は会員3,000人を擁して、毎月発行する機関紙、独自の指導者試験に健康手帳の発行、年に大きな行事だけで4回などなど活発な活動を続けています。

浦田さんはバス会社の経営者ですが、仕事に支障はないかと伺うと「いや、会社のことなどやっている暇はありません。それらは優秀な社員に任せています。」との答えが返ってきました。まさに“ラジオ体操一筋道”の浦田さんです。

【2015年1月9日掲載】

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学校法人有明中央学園ひまわり幼稚園
(がっこうほうじんありあけちゅうおうがくえんひまわりようちえん)さん

《熊本県玉名郡長洲町》

◎明るく強く飛ぶ前に


思い切り手を伸ばして

「父さん母さんありがとう きょうも元気で手を組んで 明るく強く飛んでます」坂村真民作詞・中田喜直作曲の園歌を、声を揃えて堂々と歌った園児たちは、次にスピーカーから流れる音楽と掛け声に合わせてラジオ体操第一を、これも思い切り背筋を伸ばした姿勢で、ときにイチニ、イチニと声にも出してしっかりやり終えました。

学校法人有明中央学園ひまわり幼稚園で、130人の園児たちが行う毎朝10時からの朝礼の風景です。3歳から5歳までの幼児たちですが、思いのほか動きが揃っており、清々しい朝にふさわしく思えます。園長の菅原雅子さんは「怪我の防止と体力増進にこれが最も良いと考えて、昭和53年の開園のときからラジオ体操を採用しています。」と言います。

◎体験を通じて心と体の発育を支援

ひまわり幼稚園は、昭和53年に独自の幼児教育を行う私立「有明幼児学園」としてスタートしました。昭和57年に学校法人の認可を受けて幼稚園になりました。「豊かな心、すぐれた知能、たくましい体」を教育の柱としています。菅原さんは「ただの預りではなく、基本的なことを身につけてもらうとともに、様々な体験を通じて心身ともに逞しく成長し、自立することを目指しています。」と園の教育方針を語っています。

また、「くまモン体操やアンパンマン体操も行いますが、基本はラジオ体操です。」との考えでラジオ体操を朝礼で行っています。

◎体操のあとはマラソンで体を鍛える


菅原雅子園長

インタビュアーが伺ったのは、12月で今冬一番の冷え込みとなった寒い朝でした。体操風景を写真に撮らせてもらった後、園長さんからいきなり挨拶をと指名されました。「おはようございます。皆さん元気に体操ができました。」ぐらいしか言葉に出ませんでしたが、こちらも「ひまわり流の体験」を味わうことになったのです。

ラジオ体操を終えた子どもたちは、年長組から順にマラソンに出発です。年長、年中が1.2キロ、年少さんは0.6キロを走ります。半そでと半ズボンで勢いよく園の外へ、そこは田園風景の広がる野原へ飛び出していきました。

【2015年1月9日掲載】

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沖縄トヨタ自動車株式会社(おきなわとよたじどうしゃかぶしきかいしゃ)さん

《沖縄県那覇市》

◎本土復帰後の昭和50年から採用


野原朝昌社長

沖縄トヨタ自動車鰍ヘ、本土復帰より21年前の昭和26年に地元産業界の共同出資でトヨタ車の輸入代理店として設立されました。復帰後は同県におけるトヨタ系ディーラーのトップであり、現在はクラウン、プリウス、アクア、レクサスなどを販売するほか、同県唯一のフォルクスワーゲンディーラーでもあります。

ラジオ体操は復帰後の昭和50年から「毎朝の始業に際しての心の準備」(野原朝昌社長)として採用されました。また、「沖縄はクルマ社会で社員もほとんどがマイカー通勤。どうしても運動不足になりがちであり、健康づくりにも役立っている。」とのことです。

◎新人研修にラジオ体操

同社では毎日8時15分から清掃活動を行い、8時30分になると社歌が流れて次に行う体操の準備をします。続いてCDを使ってラジオ体操(第一)を全員で行い引き続いて、5〜10分の朝礼を行います。ここまではすべての職場が同じですが、営業部門ではこの後しゃがんで突き上げる「天突き」(スクワット)を声を出して行います。出陣前の雄叫びに近いものです。

総務部では、毎年4月には新入社員研修を行っていますが、一昨年からこの研修内容にラジオ体操を加えました。ラジオ体操ができない新人が増えたため、営業店舗から要望があったからです。野原社長は「ラジオ体操は一つの文化ですから大事にしたい。」と言います。

◎自動車販売もラジオ体操も


整備工場でのラジオ体操

自動車販売業界の最近の傾向として、お客さまに店へ来てもらって商談するケースが増えています。以前は販売員が、お客さまの自宅に飛び込み(アポなし)で訪問することは普通でしたが、それが目立って減ったそうです。しかし、野原社長は今年から新入社員二人一組で飛び込み訪問する営業を再開しました。それは、「度胸をつけるということもありますが、何よりお客さまにお店へ来ていただくことの有り難さを感じてもらいたい。」という狙いがあるからです。

また、野原社長は最近、長野県のある食品メーカーの見学ツアーに参加しました。そこで感心したことの一つは「社員の皆さんが実に真剣にラジオ体操をしておられた。」ことと言います。この二つのエピソードは一見関係ないようで、そうではないのではないか。

お話を聞きながらそんな感想を持ちました。

【2015年1月9日掲載】

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