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全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、これらの受賞者の方々の中から全国表彰受賞者で取材に応じていただけた個人もしくは団体の代表者の方にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していくものです。(掲載は順不同)

平成28年度平成27年度平成26年度平成25年度平成24年度平成23年度

平成25年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成25年度の全国表彰は5個人、10団体が受賞し、7月28日、秋田市で開かれた1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、お名前50音順で表示。)

都道府県名お名前内容
北海道田保 秀治 さん-
岩手県千葉 君雄 さん掲載済
秋田県武石 弘 さん掲載済
千葉県株式会社弘報社印刷 さん掲載済
東京都松 秀幸 さん掲載済
東京都松井 辰弘 さん掲載済
神奈川県林間公園ラジオ体操会 さん掲載済
長野県東京精電株式会社 さん掲載済
富山県株式会社森山電機製作所 さん掲載済
愛知県株式会社フジミインコーポレーテッド 稲沢工場ラジオ体操会 さん掲載済
大阪府大阪府公認十三公園ラジオ体操会 さん掲載済
山口県株式会社伊東工作所 さん掲載済
愛媛県日本興運株式会社 さん掲載済
福岡県久留米早朝ラジオ体操会 さん掲載済
沖縄県中城村役場 さん掲載済

株式会社弘報社印刷(かぶしきかいしゃこうほうしゃいんさつ)さん

《千葉県千葉市》

◎毎朝3カ所でいっせいに


株式会社弘報社印刷は、千葉市の発展とともに成長した印刷会社で、商業用・出版用・事務用印刷物の企画・製作のほか、看板や展示の装飾など幅広く事業を行っています。昭和45年の会社設立当初よりラジオ体操を行っています。以来、休日以外は一日も欠かさず実施されています。

毎朝始業前の8時25分からラジオ体操第1の音楽が事務所、工場、駐車場の3カ所から流れます。朝から1日外回りする営業部隊、事務職の人、さらに工場現場で働く従業員も一斉に行います。

◎基本動作との共通性

同社が、始業前にラジオ体操のほかに全員で行っていることの一つに掃除があります。およそ10分かけて、各自の職場に加えて、ときには表の道路まで、ほうきや雑巾を手に美しく磨きます。「企業に倫理を、職場に心を」を会社のスローガンとし、そうした日頃からの取り組みに力を入れているのです。

取材に応じていただいた工藤信一総務部次長は「ラジオ体操で教わる背筋をきっちり伸ばすなどの姿勢を正すことは、掃除やあいさつなど全社員が実施している基本動作と共通性もしくは親和性があります」と語っています。同社の特徴がそこにあると言えそうです。

◎午後の体操導入も視野に

印刷業界の厳しい過当競争が続く中で、同社では印刷だけでなく広告・宣伝に係る幅広い分野へ仕事を拡げようとしています。営業からデザイン、工場と一貫製作の強みを生かしたホームページの製作、ラジオCMなどで具体的な成果を挙げつつあります。

こうした新たな試みには社員の方々の更なる健闘が必要ですが、健康面でのサポートを強めようと健保組合指導員による個々人への生活改善指導も始められています。工藤さんは、加えて「午後3時のラジオ体操第2導入も検討したい」と言います。実際に製造業などでは1日2回の体操はめずらしくありません。今回の表彰が同社におけるラジオ体操の見直しにつながったとすれば喜ばしい限りです。

【平成25年12月25日掲載】

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松 秀幸(たかまつ しゅうこう)さん

《東京都文京区》

◎教育の森公園ラジオ体操会を立ち上げ

松秀幸さん
松秀幸さん

松秀幸さんがラジオ体操を始めたのは約40年前、町会の役員になり、様々に活動する中で夏休みに子供たちの世話をするようになったのがきっかけでした。昭和56年からは文京区議会議員として、ラジオ体操愛好者の要望に応えて体操会場の環境整備に注力してきましたが、とくに平成元年には、教育の森公園の完成とともに「教育の森公園ラジオ体操会」の立ち上げに参画しました。

同体操会は、現在まで続く日本で最も古い会場の一つとされている大塚公園ラジオ体操会から分離してできたもので、今では区内に9か所ある年中無休会場の一つとなっています。松さんは同体操会の会長を経て現在、文京区ラジオ体操連盟会長を務めています。

◎背広のお父さんと一緒に体操

松さんによると「文京区のラジオ体操会の発展は町会の支援によるところが大きい」とか。「例えば、夏休み期間中は近くの小学校、神社、お寺などで小学生対象のラジオ体操会ができますが、区内にそうした会場が60会場あり、その会場の設営は町会の活動の賜物」というわけです。区内では、現在でも約1万人の小学生が参加しています。

ところで、小学生の中には、夏休みが過ぎても年中無休会場に移って1年を通して登校前に体操する小学生もいます。「出勤前のお父さんが子供と一緒に背広姿で体操するといった光景も見られますよ」と目を細める松さんです。

◎頼りになるコミュニケーションツール

文京区内では最近の傾向として、若い夫婦がマンションに移住してくるケースが少なくないそうです。松さんは「高齢化が進むと言われている一方で、若い人の都心回帰があり、これらの人たちに町会に入ってもらい地域に溶け込んで欲しい」と考えています。

「最近は若い人たちの間でもラジオ体操を身につけたいという人が増えています。朝のラジオ体操会に出てもらって、ラジオ体操を媒介にしてつながりを深めてもらえれば」と言います。「顔見知りになれば、行ってらっしゃいとかお帰り、おはようと声掛けがしやすくなります。ラジオ体操は本当に頼りになるコミュニケーションツール」と話していました。

【平成25年12月25日掲載】

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松井 辰弘(まつい たつひろ)さん

《東京都墨田区》

◎錦糸町で鍛えられる

松井辰弘さん
松井辰弘さん

松井さんが地元の本所四丁目ラジオ体操会に顔を出すようになったのは、昭和40年ごろのことでした。自営業で朝の時間が比較的自由だったことから、子供たちをつれて参加したのです。東京の下町らしく、町内の様々な行事を通じての交流が活発で、ラジオ体操もそれらの一環という位置づけでした。「ラジオ体操といえば、今でこそ健康に良いからと始める人が増えているようですが、その当時は、やるのが当たり前というか、年中行事のように考えていました」と言います。

錦糸町の講習会に参加して正しいラジオ体操を身に付けたのもその頃で「馬場保先生の厳しい指導で鍛えられました」と懐かしそうに話します。

◎伝統あるホームグランド

本所四丁目ラジオ体操会(旧厩四ラジオ体操会)は、昭和28年2月発足という歴史のある体操会です。毎朝、午前5時40分から会場の本四・三ツ目児童公園で清掃を行い、6時30分からラジオ体操第1と第2を行います。通常の参加人数は夏が50名、冬は15名ほどです。

毎年6月1日から8月20日までは、町会主催のラジオ体操となり、子ども会にも呼びかけて町会が独自に作成した出席カード(裏面にラジオ体操の歌を印刷)を配布しています。8月20日には出席日数に応じて景品を渡しています。夏休みに入ってすぐ、小学校の校長先生やPTAの会長さんが子供たちを激励に見て回られるそうで、昔ながらの良い伝統が今も息づいていることが分かります。

◎後継者育成が急務

松井さんは金属プレス工場の仕事を今も続ける一方、町会長、墨田区体育協会理事などの公職も抱えて多忙な日々を送っています。今回、自身が全国表彰となったことについては「本所四丁目町会からは畠山福太郎さん、酒巻筆作さん、大熊康之さんと3人の個人全国表彰者が過去に出ています。こうした先輩方に囲まれて恵まれた環境で育てられたこととともに、なんとか区連盟の役員を40年以上務めてこられた御蔭と思っています」と謙虚に語っています。

これからの活動については「昔から続いている体操会では共通の悩みかもしれませんが、後継者の育成が急務と思っています。最近は、都連盟への講師派遣の依頼が眼に見えて増えるなど環境の好転もあるので、この機会に実現したい」と話していました。

【平成25年12月25日掲載】

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中城村役場(なかぐすくそんやくば)さん

《沖縄県中城村》

◎海邦国体が導入のきっかけ

沖縄県中城村役場は、昭和62年に戦後の国体の全国一巡のしめくくりとして、また復帰15周年を記念して沖縄で開かれた「海邦国体」開催を機にラジオ体操を正式に導入しました。それまで、個々の職場では自主的な取り組みがありましたが、同国体のバスケット会場になるなどで地元での気運の盛り上がりがあり、当時の村長の決断で始業前の庁内放送を開始したのです。毎朝、8時25分からラジオ体操第一を行っています。「だいたい100~110人いる職員(臨時雇用含む)のうち、80%ぐらいが参加している」(比嘉忠典総務課長)そうです。

◎主たる効用は目覚めとコミュニケーション

中城村は沖縄本島中南部の中央にあり、那覇市から16キロと近接の位置にあって人口は約18,000人です。世界遺産の中城城跡と「島にんじん」の発祥地として知られています。琉球大学を核とした都市基盤整備事業が進行中で、村外からの人口流入により沖縄県で二番目の人口増加地域です。

ラジオ体操の効用については「体を目覚めさせることに加え、コミュニケーションの場として役立っている」ことを挙げています。また「皆が8時20分には役場へ出勤するので遅刻がなくなった」と庁内規律の面でも望ましい結果が出ているようです。

◎健康づくりと町の活性化を進める

秋田市での1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭に参加した新垣さん。
秋田市での1000万人ラジオ
体操・みんなの体操祭に参加
した新垣さん。

村内のラジオ体操普及状況については「夏休みの40日間については、20ある集落のすべての小学校で子供会が中心になって実施している」とのこと。ただし、「ほかに事業所で取り組まれているところも少なくないが、一般の普及は今ひとつと思う」(新垣正都市建設課長)と課題もあります。新垣さんはこの夏、秋田市で行われた1000万人体操祭に出席しましたが「全国からバスをチャーターして参加される団体が少なくなく、その広がり、規模に認識を新たにした」と言います。

「村長(浜田京介氏)も村民の健康づくりと地域活性化に役立つと考えており、普及促進したいとの考えです」とのことであり、今後の進展が期待されます。

【平成25年12月25日掲載】

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林間公園ラジオ体操会(りんかんこうえんらじおたいそうかい)さん

《神奈川県相模原市》

◎毎朝30分の運動メニュー

林間公園での朝の体操風景
林間公園での朝の体操風景

林間公園ラジオ体操会は、昭和63年に臼田さん夫妻が近所の方々を誘い、当初は30人ほどで始まりました。会場はその名のとおり樹木が点在、写真で見るように皆さんは木と木の間のスペースで体操されています。

毎朝、6時25分から「みんなの体操」をテープで行い、6時半からは持参のラジオで「ラジオ体操第1」「同第2」を、その後に脚や腰の衰えを防ぐ目的の「かかとの上げ下ろし」を90回やります。さらに中国保健体操(練功18法)を10分と合計30分の運動をして解散します。現在の参加者数は少ないときで150人、多いときは300人に達するそうです。

◎参加者の体力年齢の若さが証明される

これだけの運動メニューを毎朝行った結果は、数字となって表れています。北里大学医療衛生学部の柴喜崇研究室ほかが数年前から体操会参加者の体力年齢を任意に計測していますが、今年は会長の川上祥登さんが研究室に依頼して会の全体の傾向がわかるグラフをとってもらったのです。それによると、計測の参加者97名の内、実年齢を超えたのはわずかに1名、同じだったのが2名で、残りの94名はすべて実年齢を下回りました。

最も実年齢より低かった81歳(女性)は55歳と26歳も若く判定されました。川上さんは「後期高齢者はその他の年代の5倍も医療費を使ってると新聞に出ていましたが、少なくとも当体操会の皆さんは医療費削減に貢献しておられる人ばかりですよ」と誇らしげに語っています。

◎ラジオ体操普及に尽力したい

川上祥登さん
川上祥登さん

その川上さんが会の責任者になったのは1年半ほど前。ラジオ体操を本格的に始めたのもその頃からで「始めた頃は10歩も走れず、肥満体だった」のが今では「6キロ痩せて、家から会場までの1.2キロを6分ほどで走れる」ようになりました。ラジオ体操の効用を身をもって体感したのです。それだけに今後の会活動、さらにはラジオ体操の全国的な普及推進についても強い意欲を示しています。

「国民の健康維持、こどもの心身の健全な発育、さらには国や地方の医療費削減にこれだけの効果があることをもっと広くPRする必要が有ると思います。そうした運動を広めることに尽力したいです」と話されていました。

【平成25年12月16日掲載】

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株式会社伊東工作所(かぶしきかいしゃいとうこうさくしょ)さん

《山口県宇部市》

◎導入の動機は「揃って始業」

始業前のラジオ体操
始業前のラジオ体操

株式会社伊東工作所は、粉粒体機器(粉や粒を搬送する、混ぜる、冷やす、計量するなどの機器)のデザインから組み立てまでを行う専業メーカーです。昭和22年1月、先代の伊東正氏が戦前に従事していた海軍工廠の造船と溶接の技術を活かして、宇部興産褐けに金物類の製造を開始したのが始まりです。昭和32年に現本社のある宇部市恩田町(当時は寿橋6丁目)へ本社工場を移転、広い敷地を確保できたのを機会に始業前のラジオ体操が導入されました。2代目社長の伊東信行さんは、先代の動機について「全社員の始業を揃えたいことだった」と言います。「当時の従業員は、いわゆる職人気質というのか、それぞれがバラバラの時間に仕事を始めるのが当たり前で、父はそれを改めさせたかった」とか。

以後、57年にわたって7時52分に体操(ラジオ体操第1)、55分に終了と同時に朝礼開始の順で朝の活動がスタートしています。

◎毎朝、全員が顔を揃えることの意味

伊東社長が入社した時には、ラジオ体操が会社で始められてから10年が経っていました。そこで、前からいた社員にその効果を聞いたところ、怪我と欠勤が少なくなったとの報告でした。それから暫く観察を続けた伊東さんでしたが、その結果、最も大事と感じたことは従業員の皆が揃って顔を合わせられることでした。「皆が顔を合わせるのは、他には大きな行事か忘年会ぐらいしかない中で、毎朝、決まった時間に互いの顔を見られること、時には簡単な言葉を掛け合ったりするわけですが、そのことが(従業員にとって)ある種の心の健康に結びついている」と思ったのです。

◎地域とともにラジオ体操を

伊東信行さん
伊東信行さん

工場が今の場所に移ったころは、周囲はほとんど田んぼだったそうですが、今は住宅も多くあります。会社の毎朝の放送に合わせて体操される近所の方も少なくないそうです。門の前の道は通学路になっていて、時折、中学生が音楽に合わせて体操をする光景も珍しくないとか。

伊東さんはそれらを眼にするたびに「夏休みのときなどに地域の皆さんに会社をオープンにして活用してもらう方法はないかと思案している」と言います。「ハンマーの音がうるさいと言われたことはあっても、ラジオ体操で文句を言われたことはないですから」と笑う伊東さんですが、地域への貢献をいつも社員に説いているだけに「地域の人に活用してもらうラジオ体操」の新しい試みを是非実現したいと思っているのです。

【平成25年12月16日掲載】

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久留米早朝ラジオ体操会(くるめそうちょうらじおたいそうかい)さん

《福岡県久留米市》

◎交通事故のリハビリで始まった体操会

「健康ジュース」をどうぞ
「健康ジュース」をどうぞ

久留米早朝ラジオ体操会は、世話人で果物店を営む飯田巧さんが、昭和52年10月から交通事故で負傷した左足のリハビリとして始めました。事故当初は回復は困難と診断されるほどの重傷で、本人も「生きていられないと思った」と言うほどの大変なショック状態でしたが家族、友人の励ましでラジオ体操に取り組むまでに立ち直ったのでした。

家族4人で始めたラジオ体操でしたが、そのうちに参加者が増え始めました。生来、世話好きの飯田さん、家業で使う季節の果物にショウガを入れた特製の「健康ジュース」を皆に振舞うようになりました。以来、38年間、雨の日も風の日も1日も欠かさず、「明るく、楽しく、ほがらかに」をモットーに6時半からラジオに合わせて体操しています。

◎イベントでも体操会をPR

飯田さんの朝は午前3時半のジュースの仕込みから始まります。会場の久留米総合スポーツセンター補助競技場には現在、平均で213人が集まります。その人々に振舞うジュースはなんと36リットル(1升びん20本)にもなるからです。

そんな飯田さんのラジオ体操にかかわる目標は「この会場で1000人を集める」ことです。そのためのPR活動は継続して続けられています。熊本県から高校の和太鼓部を招き「雅(みやび)太鼓」の演奏会を開いたり、登山家の野口健さんを講師に環境問題で講演してもらったこともあります。他にも競技場の公衆便所の掃除や災害地にむけての募金活動などにも取り組みました。会場でのPRは勿論、案内チラシに「申込み手続きの必要は一切なし、無料で参加自由、直接会場へお越しください」という文章で久留米早朝ラジオ体操会への参加を呼びかけています。

◎ラジオ体操への貢献で社会ボランティア賞も受賞

飯田巧さん
飯田巧さん

同体操会にとって今年は嬉しいことが二つ重なりました。株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟主催の全国表彰に続いて、公益財団法人ソロプチミスト日本財団(理事長田中田鶴子氏)による社会ボランティア賞も受賞したのです。表彰式で飯田さんは社会ボランティア賞の受賞者を代表して挨拶に立ち「早朝ラジオ体操を続けて健康の維持、増進に素晴らしい効果のあることがわかりました。自分が健康になった恩返しのつもりで、市民の皆さんにラジオ体操への参加を呼びかけて行きたい。また、ショウガ入り果物ジュースも続けていきます」と話しました。

飯田さんは「その表彰式で宇宙飛行士の向井千秋さんから夢と努力と目標が大事というお話を伺いましたが、それを聞いて自分もそのとおりに進みたいと思いました」とし「体操会が40周年を迎える2年後には巡回に来ていただき、1000人を超す参加者を集めて健康都市・久留米の発展に貢献したい」と意気込みを語っていただきました。

【平成25年12月16日掲載】

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千葉 君雄(ちば きみお)さん

《奥州市水沢区》

◎一人から始めたラジオ体操会

千葉君雄さん
いつもの体操会場の前で

千葉君雄さんがラジオ体操に取り組むようになったきっかけは、市民体育祭のソフトボールの選手となって、練習を毎日早朝に行うようになったことでした。練習の終わる時間が、ちょうどラジオ体操の始まる時間だったことから、練習後の整理運動として始めたのです。家から歩いて5分とかからない場所に、野球場、市民体育館などがある総合運動場があり、その市民体育館の前でトランジスタラジオを持参して、一人で始めました。41年前のことです。

場所柄、ウオーキングや散歩などの人々が近くを通りますが、それらのうちの何人かが千葉さんのラジオ体操に加わるようになりました。「早朝ラジオ体操会」はそうして誕生しました。

◎今もビーチバレーとグランドゴルフの練習を欠かさない

千葉さんはその当時、食品の問屋業を営んでいました。醤油の一升瓶10本が入ったケースを頭の上まで上げなければならない体力の要る仕事です。筋肉痛や肩こりに悩まされた時期もありましたが、ラジオ体操を毎朝やるようになって、身体も柔らかくなり、ひどい肩凝りからも解放されたと言います。

65歳で店を閉めるまで、毎日5時起床、6時半にラジオ体操、午後11時就寝という生活を続けました。この間、市民体育祭ではスキーを除く全ての種目の町内代表を経験したほどのスポーツ好きでもあります。80歳を過ぎた今もビーチバレーに週一回、グランドゴルフに週3回の練習を欠かしません。

◎増え始めた体操会の参加者

昨年、40年ぶりに市民体育館の屋上スピーカーが新しいものに交換されました。性能が良くなって雑音が無くなると共に、音もクリアになって遠くまで届くようになりました。最近のラジオ体操ブームに加えてこの効果もあってか、一時減っていた参加者がまた増え始めたそうです。その多くは定年退職した団塊の世代です。

千葉さんはラジオ体操の効用を「とにかく朝の空気のきれいな時間にやるのがとても良いと思う」と言います。「その後の仕事の能率も上がり、一日が充実したものになる」と。

町内会、体育会、防犯、交通等々地域の仕事のお手伝いに忙しく、またスポーツにと活躍する千葉さん。ビーチバレー現役最年長記録はまだまだ延ばせるに違い有りません。

【平成25年12月2日掲載】

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武石 弘(たけいし こう)さん

《秋田県大館市》

◎問題意識を持って立ち上げ

武石弘さん
自宅前で体操のポーズをとる武石さん

武石弘さんは、若い頃は中学校の教師であり、後年は小学校長として定年まで勤められた根っからの教育者です。昭和42年に地元の中神明町でラジオ体操の会を立ち上げましたが、当初から明確な問題意識を持って取り組みました。

それは第1に、町内の住民の健康増進、第2に青少年の健全育成、第3に町の活性化でした。自然発生的に成立する体操会が多い中で、異色のスタートと言えるかもしれません。武石さんは、町内に積極的に参加の呼びかけを行いました。とくに重視したのが子供たちの参加で、その頃は小学生だけで60名くらいが加わったと言います。教育者の面目躍如と言えましょう。

◎早寝、早起き、朝ごはん

進行する少子化の中で、ますます子供たちがひ弱に育ちはしないか。小学校長時代から抱いていた危機感の表れから退職後も様々な活動を続けます。とくに「早寝、早起き、朝ごはん」の運動に共鳴するとともに、これに、ラジオ体操を加えた呼びかけを行いました。平成13年11月20日の北鹿新聞に当時の様子が報道されていますので紹介します。

「大館市中神明町の町内会長、武石弘さんの1日は朝のラジオ体操から始まる。6時15分、自転車で自宅を出て町内を一巡、子供のいる家の前で静かにハンドベルを振る。『朝だよ。さあ起きて』のシグナルだ。空き地に自転車を止め、ラジオのスイッチを入れる。(中略)子供たちのカードに出席印のスタンプを押す」

ちなみに、町内会長は本人の辞意にもかかわらず、改選期のたびに周りから説得され25年たった現在も続けています。

◎大館をラジオ体操の町に

武石さんの目下の目標は、大館市を「ラジオ体操の町」として住民合意の統一スローガンに掲げられないかということです。大館市は現在既に、ラジオ体操の開始式を4月の第4土曜日に、終了式を10月の第1土曜日に行い、それぞれ1000人規模(ピーク時は3000人)のイベントとしてラジオ体操を盛り上げています。武石さんの話では「市内の50町内会でラジオ体操が行われており、登録人員は2000名。県内では最も盛んな地域と思う」とのことです。

それだけの素地のある大館市をさらに一歩進めて「ラジオ体操の町」にして、活性化に役立てようというわけです。武石さんは、4年前に一度病気を経験したほかは、至って健康であり、意欲も十分。今後もますますラジオ体操の普及に力となっていただけそうです。

【平成25年12月2日掲載】

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東京精電株式会社(とうきょうせいでんかぶしきかいしゃ)さん

《長野県上田市》

◎事故防止とコミュニケーションが目的

赤羽博常務
赤羽博常務

東京精電株式会社の上田工場が現在の地(上田市蒼久保)に移転新築されたのは昭和35年でした。戦争中からあった疎開工場(上田市大屋)と東京工場(武蔵野市吉祥寺)を統合する形でスタートしています。ラジオ体操は重量物を扱う工場であることから、安全衛生面を考慮するとともに、上田と東京と出身地の異なる従業員間のコミュニケーションを図る意味合いも込めて採用しました。

毎朝8時10分からラジオ体操第一をそれぞれの部署で行い、同15分から朝のミーティングというのが日課になっています。取材に応じていただいた赤羽博常務によると「上田工場の70名が毎朝ラジオ体操をしていますが、始業前に姿勢を整えるという点で、効果が有ると考えています。この15年間、労災認定事故を出しておらず、そのことを裏付けているようにも思います」とのことです。

◎伝統の技術が支え

東京精電は交流電源装置、直流電源装置および耐電圧試験器などのメーカーで創業は1919年。量産メーカーを指向せず、精度の高い基準器などに特徴があります。「例えば、プラスマイナス5%の精度の機械を作るとして、その精度を保証するにはプラスマイナス1%の精度の機械で試験しなければなりません。そうした機器を提供するのが当社の仕事です」(赤羽常務)とわかり易く説明してもらいました。

その精度を生み出す究極の技能などは、やはり長年鍛えられた職人技となるようです。最先端技術を目指すメーカーといえども、伝統が大事というわけです。

◎受賞を機にバージョンアップをはかる

講習の様子
全員が講習を受けました(中庭で、10月23日)

同社では今回の全国表彰を機に、改めてラジオ体操を見直し、さらに効果を高めようとしています。手始めにこの10月23日には、上田市の教育委員会に依頼、体育指導委員の派遣を受けて全員が中庭に集合しての講習会を開きました。企画した開発部の江森晃太さんによると「ラジオ体操をして初めてくたびれたという社員が多く見られました。それだけ今までは楽な自己流だったわけで、正しい方法を身につける第一歩になりました」と手ごたえを感じています。

同社では近年、団塊の世代の退職にともない社員の平均年齢が30代後半まで若返りました。赤羽常務は「現場における技術面の若い世代への伝承が課題となっていますが、ラジオ体操も同様な考えで次世代へ引き継いでいきたい」と決意を語ってくれました。

【平成25年12月2日掲載】

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株式会社森山電機製作所(かぶしきかいしゃもりやまでんきせいさくしょ)さん

《富山県富山市》

◎始業5分前にラジオ体操第一

本社事務所での朝の体操
本社事務所での朝の体操

株式会社森山電機製作所は、制御機器販売、各種電気工事、や電気機器の修繕を始めとした設備メンテナナンスサービスを行う会社です。創業は昭和2年と古く、現在の森山真人社長は5代目です。ラジオ体操は昭和42年頃に職場の労働災害防止、従業員の健康増進を目的に導入しました。毎朝8時始業の5分前にラジオ体操第一を実施しています。本社で20人、各事業部門で約40〜50人づつがまとまって行うとともに、当日の作業現場で働く作業員たちも、それぞれが作業開始前に準備運動として行っています。

◎基本は人づくり

富山市は北陸の中では最も産業基盤の充実した地域として知られています。同社の取引先も電力、製紙、鉄鋼、自動車部品と幅広く、それぞれ生産、製造に深く関わる部分で縁の下の力持ちとしての役割を担っています。折からの高度情報化社会の発展に伴う通信網の拡大やオフィスビルのインテリジェント化が事業拡大を後押し、実績を積み重ねてきました。森山社長は「すべて従業員あっての仕事ですから、人材育成に注力するのは勿論ですが、安全面、健康面への配慮は欠かせません」と基本は人づくりとしています。

◎ラジオ体操の品質向上をはかる

森山真人社長
森山真人社長

同社の特徴ある行事として毎年欠かさず実施されているのが、全従業員そろっての研修旅行です。通常は国内の1〜2泊旅行ですが、5年に1度は海外への旅行を行っています。「100人揃っての社員旅行など今どき、はやらないと言われそうですが、会社の伝統行事であり、社員同士が家族的な雰囲気、繋がりを大事にすることにつながっています」と森山さんに止める考えはありません。すでに近隣諸国は回り終えており、創業100周年には欧州との声も上がっているとか。

ラジオ体操の今後については「仕事と同じようにラジオ体操も、改めて品質を点検し、向上させていかなければと考えています。今回の表彰は良い機会なので、皆に正しいラジオ体操、効果の上がる体操をするよう意識の徹底をはかりたい」とこちらも前向きなお答えをいただきました。

【平成25年12月2日掲載】

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株式会社フジミインコーポレーテッド 稲沢工場ラジオ体操会
(かぶしきかいしゃふじみいんこーぽれーてっどいなざわこうじょうらじおたいそうかい)さん

《愛知県稲沢市》

◎午前、午後の2回のラジオ体操

事務所前での朝の体操
事務所前での朝の体操

株式会社フジミインコーポレーテッドは、昭和25年の創業以来、分級技術などを活かした精密人造研磨材メーカーで、国内に5つの工場を有しています。

稲沢工場では、幅広い用途に使用される精密加工用微粉である白色アルミナ質研磨材(WA)を製造しています。ラジオ体操は、昭和45年の工場操業開始時から従業員の健康増進と安全衛生を目的に実施してきました。操業開始当時の作業は重労働も多く大変でしたが、現在では自動化や軽量化が進み、作業環境が随分改善されました。ただ現在でも職場によっては20kgの製品袋を扱う職場もあるため、腰痛予防のためにも毎朝、朝礼前に事務所棟前の駐車場でラジオ体操第一を行い、午後の就業前には各施設棟ごとでラジオ体操第二を行っています。

◎社内でのラジオ体操「発信源」

「当社のラジオ体操活動で一つの節目になったのは、稲沢工場ラジオ体操会が昭和58年に愛知県表彰を受けたことだったと思います」と語るのは二ノ方良一現稲沢工場長(枇杷島工場長を兼務)。前述のように同工場でのラジオ体操は昭和45年の操業開始以来実施されていましたが、愛知県表彰を契機に同社の他の工場でも取り組むことになり、活動が広がったと言います。ラジオ体操の幹部研修を受講した従業員が中心となり、終業後にマンツーマンの実技指導も行われ、そうした活動の輪が各工場に広がったのです。全社におけるラジオ体操の「発信源」というのが稲沢工場の位置付けです。

◎体操の場における大事なコミュニケーション

二ノ方良一工場長
二ノ方良一工場長

ラジオ体操の効用について二ノ方さんは次のように言います。「直接的な安全衛生や健康への効果は勿論重要ですが、それと同等に大事なのが、ラジオ体操という場において従業員各個人が発する情報とそれを基にしたコミュニケーションです。元気がある、ないから始まって、以前と比べてどうなのかなど、それを職場の仲間が感知し互いに声を掛け合うなどで、結果的に大きな事故の防止につながっています」と。また、以前より自覚して行うようになった従業員、成長した姿を見せる若手などを見つけると楽しくなると言います。

今後の活動については「以前に県表彰が契機になったように、全国表彰を好機としてもう一度ラジオ体操活動に活気を呼び込みたい」と語っていただきました。

【平成25年12月2日掲載】

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大阪府公認十三公園ラジオ体操会
(おおさかふこうにんじゅうそうこうえんらじおたいそうかい)さん

《大阪市淀川区》

◎受賞で増えた参加者

代表の藤田忠さん
代表の藤田忠さん

十三公園ラジオ体操会は昭和35年から地元の有志によって始められました。平成12年に、ラジオ体操専用のスピーカーが取り付けられ、毎朝6時半になると自動的にラジオ体操が放送されます。大阪府では、毎日100人以上が集まる体操会を府の認定体操会としており、大阪城、長井北などとともにこの体操会も認定されています。毎日の平均参加人数は120人。参加者は徒歩で来る人ばかりではなく、加島、三津屋、野中、木川、木川南などの遠方からも自転車で10分、15分かけて参集しています。

代表を務める藤田忠さんも自転車参加組の一人です。今回の全国表彰受賞については「近隣の皆さんから改めてラジオ体操に注目してもらう良い機会となり、参加者が増えてきたのが嬉しい」と話しています。

◎新たな世代の指導者も

体操会の毎朝は、6時からのジョギングで始まります。6時15分からは身体のツボを押さえるツボ体操や独自に考案された血流を良くする運動などの準備運動を行い、6時30分からラジオ体操第1、第2を行って6時45分に解散します。1年365日行われ、雨の日には合羽を着て行う熱心なグループもあります。藤田さんは昭和5年生まれですが更なる年長者は95歳を筆頭に10人おられるとか。「最近は60代の人で指導に立ってくれる人も現われています」と会の継続には不安は感じていないそうです。

◎夏期巡回誘致が目標

ラジオ体操の様子

近隣一帯は戦災で焼け残った家も多く、昔からの下町らしい雰囲気が漂っています。それだけ、地域の結びつきや人情も濃いところです。藤田さんはラジオ体操会、老人会の世話をするかたわら、地域の子供たちのためのマイカーによるパトロールを毎日の日課としています。車にパトロール隊と大書したステッカーを貼り、児童の安全な下校を守るべくハンドルを握るのです。

十三公園は花の公園の別名のある桜やモクレンなどが美しく咲く公園でもあります。4月には体操会で花見も行います。体操会はこの会場に夏期巡回を誘致することを目下の目標に参加者拡大にさらに励みたいとしています。

【平成25年12月2日掲載】

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日本興運株式会社(にほんこううんかぶしきかいしゃ)さん

《愛媛県四国中央市》

◎他社の社員さんも一緒にラジオ体操

本社オフィスでの朝のラジオ体操
本社オフィスでの朝のラジオ体操

日本興運株式会社は紙製品“エルモア”ブランドを展開するカミグループの総合物流企業であり、各種紙製品や原料を中心に輸送しています。国内の陸上・海上輸送はもちろん、海外とも輸出入取引を通じて事業を行っています。

ラジオ体操の開始は、昭和50年頃。その当時、トラックドライバーやフォークリフトのオペレーターからの腰痛の訴えが少なくなかったため、まずは腰痛予防を目的に取り入れたのがきっかけでした。

現在は、本社オフィスで毎朝始業開始10分前の7時50分からラジオ体操第1を行っています。放送はオフィスのある市港湾庁舎ビルの屋外に向けても流されており、近くの倉庫前などでも他社の社員さん達が一緒に体操する風景が見られるそうです。

◎頭と身体をウォーミングアップ

では、同社では現在のラジオ体操について、何が効用と考えられているのでしょうか。総務課長の秦野高宏さんは「始業前のウォーミングアップとしての効果が第一でしょう」としています。「弊社では事業所の所在する場所柄、ほとんどの社員が通勤に自家用車を利用しています。公共交通機関を使う場合と違って、ドアトゥドアの移動ですからどうしても運動不足になりがちです。事務や作業に取り掛かる前に、まずラジオ体操で頭と体をしっかりウォーミングアップする習慣は欠かせません」とのこと。

社員の皆さんからは「その日の体調の良し悪しがラジオ体操で自己判断できる」「年齢を重ねるにつれてラジオ体操の良さを実感できるようになった」などの声が寄せられているそうです。

◎ラジオ体操は日本の文化

秦野高宏さん
秦野高宏さん

秦野さんは会社を代表して秋田で開かれた「1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭」に参加するとともに全国表彰式典に出席しました。その感想として「主催者団体の方々や全国から集結された表彰者の方々と交流するなかで、ラジオ体操が素晴らしい日本の文化なんだとあらためて意識した」とし、地元でもそれを確かめようと、その後近県で開催された夏期巡回ラジオ体操会にも参加、その思いを一層強くしたと言います。

その上で、今後の取り組みについて「全国表彰までいただきましたが、弊社のラジオ体操への取り組みについてゴールはありません。先輩方から受け継いだ伝統を後輩や未来の社員にも引き継いでもらい、そこからさらに家族、地域へとすそ野を広げたい」と力強く語っていただきました。

【平成25年12月2日掲載】

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