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全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、今後これらの受賞者の方々にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していきます。(掲載は順不同)

平成28年度平成27年度平成26年度平成25年度平成24年度平成23年度

平成24年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成24年度の全国表彰は5個人、10団体が受賞し、7月22日、札幌市で開かれた1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、お名前50音順で表示。)

都道府県名お名前内容
北海道木村 宏子 さん詳細はこちら
北海道北海道神宮ラジオ体操会 さん詳細はこちら
青森県社会福祉法人 至誠会 救護施設 誠幸園 さん詳細はこちら
埼玉県平野 長男 さん詳細はこちら
東京都神ア 美智子 さん詳細はこちら
東京都谷戸 美代子 さん詳細はこちら
神奈川県株式会社大和生物研究所 さん詳細はこちら
新潟県大竹 全次郎 さん詳細はこちら
石川県根上工業株式会社 さん詳細はこちら
岐阜県三菱電機株式会社中津川製作所 さん詳細はこちら
京都府株式会社明治京都工場 さん詳細はこちら
広島県株式会社ダイクレ さん詳細はこちら
香川県株式会社オールインワン さん詳細はこちら
宮崎県株式会社宮崎衛生公社 さん詳細はこちら
沖縄県マルヰ産業株式会社 さん詳細はこちら

木村 宏子(きむら ひろこ)さん

《北海道登別市》

◎一番の思い出は避難所での指導

木村宏子さん
木村宏子さん

北海道登別市で活動を続けている木村宏子さんのラジオ体操に関わる一番の思い出は、2000年3月に起きた有珠山噴火の被災者を避難所で指導、励ましたことです。NHKラジオ・テレビ体操指導者(当時)の輪島直幸さんと室蘭の指導者と3人で2泊3日で、洞爺湖の周囲12箇所を回りました。

「おかげで体を動かすことが出来て嬉しかった。良く来てくれましたと何処でも大変感謝されました。涙を流して迎えてくださった方も少なくなかったです」「ラジオ体操をやってて良かったと、本当に感動しました」と語っています。

◎家族と勤務先の理解で指導を継続

40年以上前になりますが、函館で幼児体操の指導をしていた頃、市役所からの連絡で札幌で行われるラジオ体操幹部指導者研修を受けないかと言われます。2泊3日の研修でした。ご夫君の勧めもあってこれに参加、函館市の幹部指導者第1号となりました。

登別市に移住してからも勤めを続けつつ指導を継続、登別市ラジオ体操連盟の基礎作りに関わっています。通常、この地域では活動期間は春から秋に限られますが、その間、地元での指導に加えて6〜7回は近隣地区への指導に出かけます。「家族と勤め先の理解があったればこそ。自分は幸せ者です」と木村さん。

◎体操指導のコツは笑顔

ホテルのみやげ店の売り子からスタート、遂には支配人となった木村さんのモットーは「笑顔で人と向き合うこと」です。相手がどんな態度であろうと、こちらは笑顔で接することを常に心がけてきました。どの職場へ行ってもたちまち溶け込むことが出来たのもこの気持ちあったればこそでした。

ラジオ体操の指導でもこの「笑顔」を欠かしたことはありません。「指導する人が苦みばしっていたら駄目です」と。つまりはことを成就させる大事なコツなのでしょう。

最近のご本人の健康ぶりを伺うと「この年になって老眼にもならない。息子が逆に心配して目医者へ連れて行ったほどです」と「すこぶる付き」の答えが返ってきました。

【平成24年12月19日掲載】

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北海道神宮ラジオ体操会(ほっかいどうじんぐうらじおたいそうかい)さん

《北海道札幌市》

◎元日以外は毎日揃う神宮の杜

本殿前での体操会の様子
本殿前での体操会の様子

北海道神宮ラジオ体操会は昭和44年、当時の前田宮司の発案で、夏休みの子供たちを対象に境内で実施したのが始まりです。54年、前年に同神宮へ奉職した現ラジオ体操会会長の垂水秀俊さん(日体大出身)が宮司の依頼で体操会の指導を始めます。さらに56年には、それまで隣の円山公園内で体操をしていた数名のグループから、垂水神職に対し神宮境内での大人を交えた通年指導の要請がありました。宮司は代が変わっていましたが、こころよく了解され、今日の形態となりました。

現在、夏は400人、冬でも200人ほどの人が元日を除く毎朝参集してラジオ体操を行っています。

◎「みんなの体操」もCDで毎日行う。

神宮では毎朝6時(冬期間は7時)に開門の合図の太鼓が鳴り響きます。ラジオ体操の開始は6時25分、CDによる「みんなの体操」からです。6時半からはラジオ放送に切り替えられ、第1と第2を行います。本殿に向かう階段を数段上がったところに、指導者2名が立って参加者に向き合います。そこからは広い参道と樹木がまばらに立つ林が見渡せ、遠くからでも指導者の動きが良く分かります。指導は14人のメンバーが毎日2人づつ1週間交代で実施しています。

正しいラジオ体操を普及するため、春、夏、秋の年に3回、6時から6時20分まで1週間のミニ講習会を開いています。また子供たちには、夏休みの期間中、5分間のワンポイントレッスンを欠かしません。正しいラジオ体操の習得は同体操会の変わらぬポリシーとなっているのです。

◎垂水会長の情熱指導

垂水秀俊会長(右)と菊地孝成相談役
垂水秀俊会長(右)と菊地孝成相談役

こうした同体操会の方針は、垂水会長の指導への熱い思いによって支えられています。「力を入れたら必ず抜くこと」「極限まで曲げるつもりで体は曲げる」「形だけ真似ても無意味です」指導中、次々に発せられる言葉の端々にそれが現れています。この地だけでなく、JICAのシニアボランティアとして平成20年から2年間、ネパールで体育指導者として務めました。勿論、ラジオ体操の普及にも尽力。ネパールは今やハワイ、ブラジルなどに続くラジオ体操の海外拠点のひとつになろうとしているとか。

「数百人の人が揃って美しく体操できることは、わが体操会の誇りです」(菊地相談役)と言うように良き伝統となっていくことでしょう。

【平成24年12月19日掲載】

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社会福祉法人 至誠会 救護施設 誠幸園(しゃかいふくしほうじんしせいかいきゅうごしせつせいこうえん)さん

《青森県十和田市》

◎イベント時には必ずラジオ体操

中野渡勇治園長
中野渡勇治園長

誠幸園は心身に障害を抱えた生活保護受給者を入所対象者とする救護施設です。入所者159人に対して、職員が60名います。昭和40年の施設開設時から、入所者及び職員の健康増進を目的にラジオ体操を実施しています。毎朝8時45分から晴天時は園内のグリーン広場と中広場で、雨天時は体育館でラジオ体操第1を行います。また午後1時15分からは主として虚弱な入所者を対象に集会室を使って「みんなの体操」を実施しています。

このほか、園内の施設を開放して周辺市町村から20チーム(このうち園内から2チーム)を集めて毎年行う「誠幸園地域交流ゲートボール大会」、入所者、職員等関係者が集まる運動会などのイベント時にも必ずラジオ体操を取り入れて近隣への普及に努めています。

◎全員で喜んだ受賞

全員で記念撮影
全員で記念撮影

子どもの頃、ラジオ体操が楽しみだったと言う中野渡勇治園長は、今回の全国表彰について「関係者全員で心から喜んでいます」と語ります。10月2日に園内体育館で開いた記念祝賀会は花柳流の祝舞が披露されるなど盛大に祝い、その様子が地元の東奥日報に掲載されました。全員でグリーン広場に集まって撮った記念写真は園の広報紙の一面を飾り、各方面に配布されました。そこには、中野渡さんが十和田市長を訪問して受賞を報告する場面も掲載されています。

「賞をいただくというのは、外部から活動を認めてもらうということ。入所者のような境遇にある人々にとってはとても大事なことです」と単なるPRとは異なる意義を伺いました。

◎行事と結びつけて更なる普及はかる

「他人に認められることで、毎日の生活に張り合いが出ます。生きる希望、生きがいとなるのです。」と言います。園では花壇の育成、緑化の推進などにもラジオ体操と同様に開設当初から力を入れています。すべて入所者が管理、職員はそれをバックアップする形をとっています。これまでに同園は数多くの賞を受けています。そのたびに皆と受賞を喜び合い明日への糧としてきました。

うかがうと、作品発表会、収穫感謝祭等々、園の行事は多彩です。「ラジオ体操をこれらの行事に結びつけ、さらに馴染み深いものにしたいと思っています。」中野渡さんの頼もしい言葉に勇気付けられたインタビューでした。

【平成24年12月19日掲載】

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平野 長男(ひらの ながお)さん

《埼玉県春日部市》

◎子供連れで始めたラジオ体操

平野長男さん
平野長男さん

平野さんは、40歳を目前にしたあるとき、風邪でかかった医師から「少し運動しないと。筋肉が弱ってるよ」と言われました。子供の頃から運動が得意で、水泳、スキーの選手だっただけに、この言葉を聞いて、運動を再開しょうと思いました。ちょうど子供が小学校へ通う頃でしたから、夏休みのラジオ体操から始めました。その後は地元の体操会で熱心に活動、早い段階から指導者として活動するようになりました。

昭和56年の夏、春日部市で初の巡回ラジオ体操会が開かれました。この頃から地元でのラジオ体操活動が活発化し、市などの支援体制が整うようになりましたが、平野さんも数年後には市連盟の理事となります。以後、連盟主催講習会の企画・運営などを積極的に進めてきました。

◎リヤカーで廃品回収も

平野さんは、ラジオ体操を始めた頃と時期を同じくして夜間の高校へ入学します。昼間は不動産会社へ勤務したり、夫人の洋品店の手伝いをしながらでした。独立して仕事を始めたいという希望があったからで、その後、昭和59年に大学を卒業、60年には現在の不動産業を開業しました。

この間もラジオ体操は継続、休むことはありませんでした。子供たちへ夏休みに配る文房具やノートなどの費用を捻出するため、父兄に協力してもらい新聞紙などの廃品回収をリヤカーで行ったのも「今では懐かしい思い出」と言います。

◎将来の幹部指導者を育成

仕事は77歳の今も現役の平野さんですが、それを支えているのが欠かさない体力づくりの時間です。毎朝6時半からラジオ体操第1、第2を行い、その後7時半まで散歩をします。社交ダンスを30年続けており、毎週土曜日の2時間を練習に当てています。また日本舞踊も同様に週に1回、仕事を終えた7時から9時に行います。社交ダンスは年に2度、日本舞踊は年に4、5回は発表会があります。ですが、「ダンスはやる前に必ずラジオ体操をします。どちらも体の柔軟性が必須ですが、できているのはラジオ体操のおかげだ」と言います。

現在、大学生2人をラジオ体操指導の後継者として育成しています。「二人とも5歳くらいから体操会に来てるので、体に染み付いている。楽しみですよ」と眼を細めていました。

【平成24年12月19日掲載】

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神ア 美智子(かんざき みちこ)さん

《東京都新宿区》

◎体が弱くて子育ても辛かった

右側 神ア美智子さん(左側は谷戸美代子さん)
右側 神ア美智子さん
(左側は、谷戸美代子さん)

神アさんがラジオ体操の会に参加するようになったのは、今から40年程前。その頃は顔色が悪く、血圧も上が80、下が40くらいでした。子供たちを学校に送り出すと、しばらくは体を横にしないと耐えられない日々だったと言います。ある時、義母のところへ往診に来られたお医者さんから「どんどん外へ出て運動しなさい」と言われました。

外で運動と聞いて、頭に浮かんだのがラジオ体操でした。早朝、散歩がてらに子供を連れて近くの公園(北柏木公園)へ出かけるようになりました。

ラジオ体操も始めて何年かは「きついのを我慢して通った」そうですが、結果的に転機となった手術を経験してからは体調も良くなり、次第に会活動の仕事も任されるようになりました。

◎元気になって広がった活動範囲

昭和52年にはオリンピックセンターでの2泊3日の講習会に参加するようにもなりました。また夫君、子供たちを含めた家族で北海道の中央大会に参加したのも、次第に元気を取り戻していった証です。

以後は夏休みの学校でのラジオ体操講習会の指導者となり、体操会の活動も地区の役員となって新宿区全体へと活動範囲が広がりました。

今では山登りを趣味として北海道から屋久島まで踏破しています。また、ラジオ体操の仲間を中心にしたボランティア活動(更正保護女性会)、地域行事(新宿まつりの手伝い、パレード出場)があるほか、個人としては保護司を11年務めています。まさに席を暖める暇もないほど忙しい日々を過ごしています。

◎国際的な中央公園の体操会

神アさんの地元の新宿区・北柏木公園の体操会は、毎朝6時25分のみんなの体操(テープ)から始まります。30分からはラジオに合わせて第一と第二を行い、モーニングストレッチに新宿区連盟で独自に考案した「いきいき体操」でメニューを終えます。全部で28分かかります。最近のラジオ体操ブームで若い夫婦連れなどの参加が増えていることを喜んでいます。

新しい参加者といえば、新宿西口の中央公園会場では近くのホテルに滞在する外国の観光客がよく飛び入りで参加するそうです。ここはとにかく広いですからスピーカーを使って思う存分出来るのですが、ちょっとした名所となりつつあるようです。神アさんの家からは自転車で15分かかりますが、指導に出かけるのも楽しみとなっています。

新宿区連盟は2014年に創立60周年を迎えます。「巡回にもきてもらいたいし、これを機会にさらにこの地区のラジオ体操会活動を盛り上げて生きたい」と新たな意気込みを語ってくれました。

【平成24年12月19日掲載】

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谷戸 美代子(やと みよこ)さん

《東京都西東京市》

◎根っからの運動好き

谷戸美代子さん
谷戸美代子さん

谷戸さんは根っからの運動好きで、高校生の頃は陸上ハイジャンプ、200メートル走の選手でした。長じて保健体育の高校教員となり、バレーボール部の顧問をしていましたが、準備運動にラジオ体操を取り入れたのが縁で、今日まで指導活動を続けることとなったのです。

体操会への参加は、当初は練馬区まで通っていました。2年ほど経過した頃、地元で立ち上げたいと考え、マラソンの愛好者と一緒に始めたのが市内文理台公園の会場です。この地域でラジオ体操会活動を最初に推進した一人であり、昭和60年には旧保谷市ラジオ体操連盟の理事長に就任しています。

◎次々に体操会立ち上げに関わる

以後は次々に新たな体操会を設立していきました。昭和62年下保谷公園、平成11年千駄山、同16年西原、同17年いこいの森、同23年おおぞら公園。このほか現在休止しているものも含めると7会場を立ち上げています。

谷戸さんは体操会立ち上げに当たって、いつも次のような手順を踏みます。まず@市公園緑地課の了承を得るA次に近隣へのビラ配りです。ビラにはいつから始めるかと、迷惑はかけませんとはっきりうたいます。立ち上げを軌道に乗せるには何より近隣の理解が大切ですから、丁寧な対応が必要と言います。

会場によっては、管理者の出勤時間の関係で8時半とか9時からしか始められないところも出てきます。しかし、その時間のほうが好都合の人たちもいるはずと前向きにとらえるのが谷戸流で、当時は毎日バイクにまたがって三会場全てを回り、指導しました。

◎体の調整作用をうながすラジオ体操

長年ラジオ体操に取り組んできた谷戸さんはその効用を先ず「身体の調整作用をうながす」ことにあると考えています。全体の筋肉、関節を使うことから、通常はあまり使わない部分を刺激することで、身体を目覚めさせるからです。同じように「おはよう」の挨拶で始まる人の輪を大切にしています。「心の窓が開かれたような」と表現します。一人でやるのではなく、体操会のなかでやること。「皆で一緒にやるから価値が高い」と言うのです。体操会の立ち上げに心血を注いだのも、この信念あってのことに違いありません。

【平成24年12月19日掲載】

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株式会社大和生物研究所(かぶしきかいしゃ だいわせいぶつけんきゅうじょ)さん

《神奈川県川崎市》

◎事務所は3時、工場は8時半から開始

本社オフィスでの体操風景
本社オフィスでの体操風景

椛蝌a生物研究所はクマ笹の葉から抽出した成分を薬用とする滋養強壮剤ササヘルス、便秘薬ササスルーといった医薬品のほか、クマ笹のエキスの入った石鹸、飴、お茶などを手がける医薬品と食品などのメーカーです。川崎市に本社があり、長野県茅野市に工場があります。

ラジオ体操は本社では午後3時から、工場では朝の8時半から第1、第2を毎日全社員で行っています。28年前に先代社長が、1日中座って机に向かったままの社員を見て、午後の疲労が出てくる午後3時にリフレッシュするのが良いだろうと発案されたのが始めるきっかけでした。

◎出張明けに知る毎日することの意味

現社長の大泉高明さんは1週間ほど出張した後に体操をすると、体が硬かったりうまくできなかったりして「なるほど毎日しないといけないのだ」ということに気づいたそうです。

「正直に言えば、仕事に熱中しているときにラジオから音楽が流れて中断されることを恨めしく思うこともあった」のですが、このことに気づいてから考えが変わりました。「むしろ、否応無く流れてくるラジオだから良いのだ。これがテープだったら、今日は第1だけにしとこうとか、時間をずらせとかになりかねない。」とラジオから流れるラジオ体操の良さを確信するようになりました。

今では、オフィスを訪ねてくる取引先も、時間になると一緒に体操をするのが同社の見慣れた風景になっています。

◎クマ笹のオンリーワン企業を目指して

大泉高明社長
大泉高明社長

同社のルーツは、先代社長が第二次大戦中に、海軍の指定工場で潜水艦乗組員用のビタミン剤などを未利用資源から抽出する研究をしていたことに遡ります。戦後、杉の植林が盛んな頃に邪魔者扱いだったクマ笹に着目、今で言うサプリメントの研究を進めて事業化にこぎつけました。しばらくはなかなか良さが認識されず厳しい時代が続いたそうですが、日の目を見たのは昭和40年以降、自然由来の薬や食品が求められるようになってからでした。

現在は全国に1300軒の薬局・薬店からなる会員に直販する独自のスタイルを確立、「クマ笹のオンリーワン企業になる」との目標を持ち、医薬品や食品以外にも農業利用など新商品開発が進められています。茅野市の工場隣接地には研究用に植物園(一般財団法人蓼科笹類植物園)を設け、笹だけで120種類以上を植栽していますが、近く一般にも開放して広くPRに役立てる予定とか。

【平成24年12月19日掲載】

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大竹 全次郎(おおたけ ぜんじろう)さん

《新潟県新発田市》

◎1ヶ月で直った胃の病気

呉服店店頭での大竹さん
呉服店店頭での大竹さん

大竹さんは明治25年に祖父が始めた呉服屋の3代目です。若い頃から呉服の営業に飛び回る毎日でしたが、胃の弱いのが玉にキズでした。お昼のご飯時はお客が家にいる貴重な営業時間で、自分の昼食はさっと済ますという生活が良くなかったようでした。30代も後半に入った頃のある時、友人から「今のままの生活を続けたらガンになる。何か運動をしたら」と忠告されました。たまたま1年前に地元にラジオ体操会ができたばかりで、その話を聞いて一念発起して、入会しました。

始めるようになって1ヶ月経った頃、気が付いたら胃の病気が治っていたといいます。

◎体操の後の茶話会に妙味

新発田市で発足したての当時の体操会は、人数も15、6人でした。37歳の大竹さんが一番若かったこともあり、色々な用事をしたと言います。当時から今も続く体操の後の茶話会(15分程度)の準備、後片付けも積極的に引き受けました。この茶話会ですが、昆布茶と梅干しが定番のメニュー。ここでの会員間のコミュニケーションを今も大事に守っています。

入会して10年経った頃から、体操会での指導を担当するようになりました。当時の郵政省の2泊3日の講習会に参加したのもその頃です。

◎心身両面の効用がある

現在、大竹さんの所属する体操会は毎朝6時25分から、みんなの体操、第1、第2体操を行い、終了後茶話会が始まります。50年変わらぬ朝の習慣です。

会を長く続けるには楽しみも必要です。新年会、忘年会のほかに年に5,6回車に分乗してラジオ持参で近郊の有名寺院やチューリップ園、海岸などへ出かけます。出発は5時40分で、9時には帰着する決まりです。

青空の下、広々とした満開のチューリップ園での朝食会などまことに気分爽快です。これを始めて会員が増えたという人気の行事となっています。

大竹さんは「ラジオ体操が体に良いのは勿論だけれども、それと日頃縁遠いような人たちとも体操会を通じて知り合いとなり、色々な話を聞けるのが心の栄養になっています。」と心身両面の効用を説いてくれました。

【平成24年12月19日掲載】

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根上工業株式会社(ねがみこうぎょうかぶしきかいしゃ)さん

《石川県能美市》

◎導入のきっかけは腰痛防止

始業時のラジオ体操
始業時のラジオ体操

根上工業株式会社はハードディスク用電材、化粧品材料、歯科材料などの樹脂メーカーです。社員100人未満と小粒ながら、業績の良い会社として知られています。ラジオ体操の導入は、昭和53年。創業して5年ほど経った頃です。

その当時は、雨傘、合羽の裏面に防水、防風のために塗布する樹脂が中心で、1缶150キロ、200キロといったドラム缶を多く扱っていました。運搬にどうしても人手に頼る部分があり、そのため腰痛を訴える社員が少なくありませんでした。当時の社長が、この解決策の一つとしてラジオ体操実施を決断したのでした。その後、やはり効果があるということになり、今日まで継続しています。

◎始業時に体を目覚めさせる

現在の取り組みは、始業10分前の7時50分から第1、第2を毎朝実施しています。最近は車で遠距離通勤する社員が増え、どうしても起床して十分な時間の無いまま、会社へ直行するケースが増えています。現場で昔ほど大きなドラム缶を扱うことは少なくなりましたが、「始業時に体を目覚めさせるラジオ体操の重要性は変わりません」とは菅野俊司社長の言葉です。かつては職場ごとに時間を変えて行われていたそうですが、20年前から全社一斉に変わりました。晴れた日は屋外、雨の日、雪の日は屋内で行われています。

◎何事も継続は「金」

菅野俊司社長
菅野俊司社長

繊維産業関連から、電子材料など先端産業向けに舵を切り、見事な成果を挙げている同社。製品の添加剤は1%あるかないかの含有率で、そのものの物性をガラリと変える威力があるとか。小粒でピリリと辛い同社の存在と重なって見えます。

その基本方針について菅野社長は「仕入先や社員を大切にすること。目先の利益に惑わされないこと、それに一旦始めた製品開発を簡単にあきらめないことでしょうか」と言います。「例えて言えば、ラジオ体操と同じく何事も継続は『金』ということでしょうか」と含蓄のある言葉で締めくくってもらいました。

【平成24年12月19日掲載】

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三菱電機株式会社中津川製作所(みつびしでんきかぶしきかいしゃ なかつがわせいさくしょ)さん

《岐阜県中津川市》

◎関係会社にも浸透しているラジオ体操

午後3時のラインでいっせいに体操開始
午後3時のラインでいっせいに体操開始
中津川製作所正面
中津川製作所正面

三菱電機株式会社中津川製作所は第二次大戦中の昭和18年に、名古屋からの疎開工場として創業を開始しました。戦後、疎開工場の多くは名古屋へ戻りましたが、同製作所は地元の強い要望でこの地に留まったものです。同社にあって長く扇風機や換気扇の開発・製造に取り組み「風の中津川」として知られています。現在は風に加えて空気、水、光の技術を用いた商品開発を進めて快適な環境空間づくりに貢献しています。

ラジオ体操の開始は昭和30年頃からです。始業時と午後3時にラジオ体操第一を実施しています。また、構内にいくつか入っている関係会社も、また同製作所傘下の工場である飯田工場(長野県飯田市)と京都工場(京都府長岡京市)も、同様に取り組まれています。

◎社員が腰痛予防を自覚

小林精市課長
小林精市課長

お話を伺った小林精市総務福祉課長は「従業員の健康保持と災害防止に向けた取り組みであり、毎月行われる職場の安全衛生委員会でも実施状況を確認しています。今年は全国表彰をいただいたことで、全員参加できっちりやるべく呼びかけを行っています。また、レクレーションやセレモニ−にも必ず組み入れています」と話されています。

実際の職場のみなさんの様子をうかがうと、「間接職場は朝より午後3時のほうが実施者は多いです。腰痛予防などに効果があることを各人が自覚しているのでは」との見立て。また製造職場では「仕事にかかる準備であり、作業安全につながるとの意識が浸透しており、実施率は高い」とのことです。

また同製作所では、新入社員教育期間においては、トレーナーを付けてラジオ体操指導を行っています。「大事な躾の一つと捉えている」(小林課長)とのことでした。

◎ラジオ体操は文化であり、伝統になっている。

同製作所は関係会社も入れると従業員1500人を超える大所帯。人口10万人の中津川市にあっては中核的存在の事業所です。それだけに有形無形の地域に与える影響も少なくなく、社会的責任を自覚しながら事業活動に従事していると言います。インタビューを終えるにあたって「仕事の前にラジオ体操を行うというのは、一つの文化であり伝統です。これからもしっかり受け継いで行きたい」(小林課長)との頼もしい言葉を頂きました。

【平成24年12月19日掲載】

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株式会社明治京都工場(かぶしきかいしゃめいじきょうとこうじょう)さん

《京都府京田辺市》

◎1日に10回近く流れるラジオ体操の音楽

山根係長(左)と森田リーダー
山根係長(左)と森田リーダー

株式会社明治京都工場は、昭和46年に京都市右京区西院から移転、明治乳業京都工場として操業開始しました。製造品目は当初は牛乳・アイスクリームが中心でしたが、その後牛乳、ヨーグルト、ジュースなどに比重が移っています。また、九州、中四国への製品配送の中継基地として物流機能も併せ持つ同社の主力工場の一つです。平成23年の明治製菓との経営統合により現社名になりました。

昭和48年から、労働災害防止を目的にラジオ体操を開始しました。ラジオ体操第1を始業時間前に実施していますが、広い敷地内に棟が点在、3交代制で始業時間も朝から深夜までまちまちのため、出勤時間に合わせて、工場のどこかでラジオ体操の音楽が流れています。近隣に住宅が無いこともあり、広い敷地で伸び伸びと行われています。

◎腰痛防止、ケガ防止に効果がある

乳製品の製造過程で、20s以上原料を使用することもあります。山根業務課係長は「腰を痛める従業員が少なくないことから腰痛防止を第一に、また、足をすべらしたり、挫いたり、転んだりなどを無くすためにもラジオ体操は欠かせません」と話しています。

食品を製造する工場として、徹底した衛生管理を行っています。工場内で、転倒などの労働災害防止のためにも、身体を柔軟に保つ、ラジオ体操が非常に有意義に役立っていると考えています。

◎講習会で正しいラジオ体操の徹底はかる

10月に講習会を実施
10月に講習会を実施

「体を動かす前にはラジオ体操を行う」との方針は徹底しており、年に数回実施されるソフトボール、バレーボール、トリム活動にも準備体操として取り入れています。さらに、2,3年に1度はNHKのテレビ・ラジオ体操指導者に依頼して講習会を行います。「新入社員には、正しいラジオ体操をしっかり習得してもらうため、ベテランには一層上達してもらう」(森田業務課リーダー)ためです。今年も10月5日に岡本美佳指導者を招いて1時間づつ2回の講習会を実施、皆でしっかり汗をかきました。

【平成24年12月19日掲載】

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株式会社ダイクレ(かぶしきかいしゃだいくれ)さん

《広島県呉市》

◎始業前の体操も長年の習慣

常務の鷹尾伏彪さん
常務の鷹尾伏彪さん

株式会社ダイクレは全国シェア40%を持つグレーチング(鋼製格子状床材、排水溝の蓋などに使われている)のトップメーカーで、フィンチューブ・熱交換器の製造も行っている会社です。始業は8時からですが、7時52分からラジオ体操の音楽が流れ出し、それまでに本社ビル前の広場や職場近くの広場に集合して第1を行います。8時前には各職場に戻り、朝礼が始まるという順序です。また、昼休みは12時から12時50分までですが、45分から同様に第1を始めます。

全国に8つある工場のほかサービス業の関連会社(8時30分始業)でも本社と同様に行われています。「創業以来の伝統で、社員のだれもが違和感無く続けている習慣」(鷹尾伏彪常務)となっています。

◎戦艦大和のゆかりの会社

同社の創業社長である山本茂氏は、戦前、戦艦大和の建造に携わった技師でした。昭和26年に船舶塗装の会社として同社を起こし、その後、現在の商品グレーチングの製造に乗り出しました。製造機械も自分たちで一から設計して始めたそうですが、その伝統は現在も受け継がれており、そこに他の追随を許さない同社の製品の強みがあると言います。道路の構造材や橋梁など建築業界向けに幅広く対応、最近はタイ、ベトナムといった海外にも製造拠点を展開しており、来年度は台湾にフィンチューブ工場を展開の予定です。

ラジオ体操は戦前の海軍時代から体操になじみが深かった創業社長が積極的に取り入れられて、現在に続いているのです。

◎現場復帰を実感した日

本社前での朝のラジオ体操
本社前での朝のラジオ体操

一昨年から昨年にかけ、大病を患い4ヶ月休職したという鷹尾伏常務は「会社へ復帰できたその日にラジオ体操をしたことが忘れられない」と言います。「ああこれで自分も復帰できた。皆の仲間に戻ったんだ」という思いをしみじみ味わいました。

今も出張でまとまって会社を留守にして、久しぶりに出社したときなど、「朝の体操で気持ちが切り替わり、スムースに業務に向かえる」とか。

同社では、年に一度、グループ会社が集まり「親善ソフトボール大会」を開いています。グループの貴重な交流の場となっていますが、ここでも、ごく当たり前にラジオ体操を皆で一緒に行います。「曲に合わせて、皆で体操するとき、一体感が生まれるのを感じる」と様々なラジオ体操の隠れた効用を語ってもらいました。

【平成24年12月19日掲載】

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株式会社オールインワン(かぶしきかいしゃおーるいんわん)さん

《香川県東かがわ市》

◎事故防止や気分転換が狙い

常務の角友豊さん
常務の角友豊さん

株式会社オールインワンは、全国に販売網を展開している肉牛・乳牛専門の飼料メーカーです。本社工場では、約30名の事務、営業担当のほかに工場に約20名の社員がいます。始業は午前8時で、15分前の7時45分からラジオ体操を行います。第1と第2を月ごとに交互に、晴れの日は戸外、雨の日は屋内の製品置き場に全員が集まって実施しています。

工場では20キロ、30キロの製品の袋を扱うことから事故防止を、事務職では腰痛防止や気分転換をそれぞれはかるのを狙いとしています。別に副次的な効用として「本社の全社員が一同に会する機会は他にないため、部門間で顔なじみになる、打ち解ける場になっている」(角友豊常務)と言います。

◎全員が順番で前に立って指導する

朝の体操の場の他にとりたてて講習などは行っていませんが、全員が順番で前に立ち、指導する決まりです。誰もが2,3ヶ月に一回は前に立つことになりますが、間違えたりするのは恥ずかしいですから自然と正しい体操を心がけるようになります。

「今日は顔色が良くないぞとか、昨晩は飲みすぎたかとか周りから声がかかります。それが本人に良い刺激になると同時に、コミニュケーションにもなる」のです。また、新入社員などはこの場に立つことで、全員に顔と名前を覚えてもらえます。

◎精度の高い体操を

始業前のラジオ体操
始業前のラジオ体操

同社の創業は昭和31年7月。当初は大手飼料メーカーの委託製造を主とする会社でしたが、その後昭和46年には牛の飼料に特化、自社ブランドで全国に販売するようになりました。米国の技術を導入、消化・吸収が良く肉質が良くなったり、乳の出が良くなる飼料を開発したのが飛躍する転機となりました。オールインワンという社名は「一つの飼料に全ての栄養素が入っている」という意味だそうです。

休日にゴルフをするときは、必ず準備運動にラジオ体操をするという角友常務は「スコアには影響ないけど」と冗談を言いながらも、「受賞を機にテレビで見るような精度の高い体操を職場の皆ができるように頑張りたい」と抱負を語っています。

【平成24年12月19日掲載】

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株式会社宮崎衛生公社(かぶしきかいしゃみやざきえいせいこうしゃ)さん

《宮崎県宮崎市》

◎頭をスッキリさせるラジオ体操

花で飾られた玄関前での朝のラジオ体操
花で飾られた玄関前での朝のラジオ体操

株式会社宮崎衛生公社は、廃棄物等の収集運搬、上下水道工事、環境関連事業を行う従業員167名の中堅企業です。創業は昭和39年で、ラジオ体操は当初から実施しており宮崎県内では実施継続年数の長い事業所です。毎朝、し尿収集グループが出発する7時前と、ゴミ収集グループ及び事務職員が仕事を開始する8時半の二回、本社前でラジオ体操第一を行います。

創業以来、4代目となる川崎紘一郎社長は、実施について「朝から車を運転したり、水道工事をするなどの仕事で、常に事故防止に細心の注意を払う必要があります。ラジオ体操は身体をほぐす効用もありますが、何より頭をスッキリさせると思っています」とその意義を語っています。

◎清潔、かつ美しい事業所

同社を伺って最初に気づくのは、社屋内外の清掃が隅々まで行き届いていること、かつ事務所内部が清潔で整理整頓されていることです。また、社屋周辺の草木や花壇の花々は美しく手入れされています。これらの樹木の剪定や花壇の植え替えは職員全員で行いますが、川崎社長はその狙いを「何より職員自身が誇りの持てる職場にするということ、外注でないから愛情をもてます。次に地域の住民に喜んでいただくことで会社の継続につなげること」と言います。

平成9年のグリーン博みやざきが切っ掛けだったそうですが、道路に面して花壇を設けることが習慣となり、県の優秀賞を受賞しています。毎年開いている敬老会、自治会を招いての花見会、花づくり講座などでも地域との結びつきを強めています。

◎高架を走る電車内から眺めてもらう

社長の川崎紘一郎さん
社長の川崎紘一郎さん

同社の本社前には、道路を挟んでほぼ平行にJRの鉄道が通っています。平成元年にこれが高架化されました。以来、通勤・通学の人々が電車の窓から社屋前の朝のラジオ体操、それにきれいに飾られた花壇を眺めていきます。

川崎社長は「ちょうど体操の時間に電車が通過したりしますと、皆が見られているという意識を持つと思います。きちんとした体操をすることで、会社のイメージアップにもなり一石二鳥です。」とし「良い習慣を継続して、社業の発展につなげたい」と語っていました。

【平成24年12月19日掲載】

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マルヰ産業株式会社(まるいさんぎょうかぶしきかいしゃ)さん

《沖縄県那覇市》

◎苦しかった時代の支えの一つに

社長の田村正一さん
社長の田村正一さん

マルヰ産業株式会社は、創立48周年を迎えた沖縄で最も古くからあるLPガスの販売会社です。小売で35000軒(他に卸35000軒)の顧客があり、従業員は104名です。ラジオ体操は5箇所ある工場と本社の6箇所で毎朝始業5分前の8時25分から第一を実施しています。導入した37年前から今日まで続いています。

田村正一社長は「10数年前、会社として非常に苦しい時代があったが、そんなときでもラジオ体操は中止することなく続けられていました。皆でラジオ体操をしながら、何とかしたいと思っていたかもしれません」とし、それをラジオ体操に「心の効用」があったからと感じたそうです。

◎社員とその家族を幸せにしたい

かつて厳しい経営環境を経験した同社ですが、現在は県内の業界で初めてIPADを使った保安点検を実施するなどの先進的取り組みで業績を上げています。田村社長の経営方針は「社員とその家族を幸せにすることで沖縄に貢献したい」というものです。

「社員満足があれば顧客満足につながり、それが業績に反映される」と考えており、正社員率(98%)を高めながら、待遇その他の面でも業界標準を常に上回ることを心がけているとのこと。

◎一段のレベルアップを目指す

屋上で一、二、三
屋上で一、二、三

ラジオ体操の身体面での効用について、田村社長は「65歳になる今日まで一度も五十肩を経験していません。これは毎日1回のラジオ体操のおかげと思っている」そうです。それだけに、職員を含めて更なるレベルアップをしたいと考えています。「やはりラジオ体操第2を加えて実施する必要があると感じています」と言います。今回の全国表彰受賞式で他の受賞団体のなかに、第2を取り入れている会社が少なくないことを知ったことも影響しました。

「始業前の時間外に行うことなので、社員の理解が必要です。一朝一夕には行かないかも知れませんが、社員の指導者を育てるなどして雰囲気を高めて行きたい」と熱心に語っていました。

【平成24年12月19日掲載】

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