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全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、これらの受賞者の方々の中から全国表彰受賞者で取材に応じていただけた個人もしくは団体の代表者の方にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していくものです。(掲載は順不同)

平成28年度平成27年度平成26年度平成25年度平成24年度平成23年度

平成28年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成28年度の全国表彰は4個人、10団体が受賞し、7月31日松山市で開催された1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ、同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、受賞者名50音順に表示。)

地 域受 賞 者 名内 容
北海道伊邊 正敏 さん掲載済
山形県株式会社 トプコン山形 さん掲載済
千葉県城山同好会 さん掲載済
東京都岩田 道子 さん掲載済
東京都武蔵野市ラジオ体操会連盟 さん掲載済
山梨県新海 信太郎 さん掲載済
新潟県新発田ガス 株式会社 さん掲載済
福井県山ア金属 株式会社 さん掲載済
岐阜県西林 クニ子 さん掲載済
兵庫県菊水山登山会 さん掲載済
島根県株式会社 ファデコ さん掲載済
香川県株式会社 村上製作所 さん掲載済
愛媛県仙味エキス 株式会社 さん掲載済
鹿児島県松元機工 株式会社 さん掲載済

伊邊 正敏(いべ まさとし)さん

《北海道札幌市》

◎自ら立ち上げたラジオ体操会が10周年

札幌市白石区にある白石東冒険公園を会場とする「さわやかラジオ体操会・冒険公園」は今年で創立10周年を迎えました。代表を務める伊邊さんにとって、自身が全国表彰を受けたことと相まって感慨深い年となりました。平成19年4月、それまで31年間にわたって通い続けた同じ白石区のみどり公園の体操会から離れ、自宅に近い冒険公園で自分ひとりで体操会を立ち上げました。「朝早くからジョキングなどの運動をする方々が多いところで、たちまち時には100人近くが集まる規模となった。」のです。平成26年から延べ参加者数は、年間18,000人前後で推移しています。

◎若いころからの世話役は恩返し


伊邊さん

ラジオ体操を始めたのは31歳のころ、夏休みに娘と一緒にみどり公園へ顔を出したのが最初です。当時の指導者から体操会への入会を勧められ、会社勤めをしながら4月末から10月初旬まで毎朝通いました。会場の準備など世話役を引き受けながら指導力の向上にも励みました。こうした努力が続いたのは「結婚したばかりの24歳のとき、妻が大病にかかり多くの人から輸血用の血液を頂き一命を取り留めました。どこかでその恩返しをしなければという気持ちがあった。」からでした。

◎指導者の育成に注力

現在、ラジオ体操普及の関係機関を通じての指導に加えて、札幌市の委嘱で「健康づくりサポーター」を務めています。様々な団体から指導の依頼が来ていますが老人福祉施設のような常連に加えて、企業やロータリークラブといったところからもあります。会社を退職後、整体師の免許を取得、それがラジオ体操の指導におおいに役立っているそうです。しかし、札幌市全体でみてもまだまだ伊邊さんのようなベテランの指導者は数が少ないと言います。「全国ラジオ体操連盟の協力を得てこの地域の指導者のネットワークづくりを行い、指導力向上や情報交換を進めるつもり。いまはそれが緒に就いたところです。」とさらなるラジオ体操の普及推進に意欲を燃やしていました。

【2016年11月22日掲載】

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株式会社トプコン山形(かぶしきがいしゃとぷこんやまがた)さん

《山形県山形市》

◎半世紀前からの取り組み

株式会社トプコン山形では、毎朝始業開始の8時15分からラジオ体操第1を社員全員で実施しています。製造現場では工場内、間接部門は事務室内でそれぞれ行っています。

ラジオ体操をいつから始めたかについては、社史などの記録では昭和60年とされています。しかし「実際にはさらに20年以上前から行っていたと聞いたことがあります。昭和60年は本格的に取り組んだという意味と理解しています。」(高橋良浩総務経理部長)ということです。ラジオ体操が当たり前すぎて、記録のことなど誰も気に留めなかったということかもしれません。

◎積極的に評価


室内での朝のラジオ体操

ラジオ体操導入による効用について、社長の塚田正三さんは「全身運動なので体全体の血の巡りが良くなります。真剣に取り組めば身体のいたるところがポキポキと音をたてますし、しっかり汗をかきます。立ち仕事の現場の社員には準備運動として、事務部門にあっては運動不足の解消になります。」と積極的な評価をしています。

「公共機関が少なく、常に自家用車を利用する地域であることから目と鼻の先の短い距離でも歩かずに自動車で移動することが多くなって、社員のメタボリックシンドロームが要注意です。それだけラジオ体操の必要性が増している。」と考えています。

◎伝統を受け継ぐ


社長の塚田正三さん

株式会社トプコン山形の親会社である株式会社トプコンは、以前の社名を東京光学機械株式会社という昭和7年創立の老舗企業です。かつては一般向けのカメラなども製造していました。現在は、会社理念として「TOPCON for Human Life」を掲げ、医・食・住の成長分野において、社会的課題を解決する事業に取り組んでおり、検査・診断・治療分野から予防・予後の領域へ拡大している最先端の眼科医療分野、GPSを利用した土木施工の自動化、農業のIT化などの分野、社会インフラに対応する測量・建設・3D計測分野の3分野で事業を展開しています。

トプコン山形はこのうち、眼科医療分野の眼底カメラや視力検査機器などの製品を、部品加工から組立、出荷まで一貫した生産を行っています。社員数は260名、このうち間接部門は70名となっています。技術畑を歩みつつ中国、香港など海外勤務の長かった塚田社長は、2年前に当地に赴任しました。「改めて教える必要のないラジオ体操がある日本は恵まれています。今後もしっかりその伝統を守っていきたい。」と語っていました。

【2016年12月1日掲載】

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城山同好会(しろやまどうこうかい)さん

《千葉県館山市》

◎賑わいのある会場

城山同好会の発足は平成6年と比較的新しいですが、その活動に刺激されて市内で5、6か所の会場が新たに立ち上がるなど地域の普及に貢献しています。会場の城山公園は里見氏の居城・館山城跡を戦後に整備したもので、復元された天守閣からは鏡ヶ浦や市街地を一望できます。会場からは天気が良ければはるかに富士山を展望できるほか、四季折々の草花が楽しめます。その天守閣の立つ山頂広場で毎朝、6時半からラジオ体操を行っています。

現在の会員数は約80名。「最も増えたときよりは減っていますが、会場に魅力があるせいで新しく加わる人も絶えません。」(鈴木靖会長)と立地の良さが大きな特徴です。

◎おはようの挨拶と笑いを忘れずに


城山公園での朝の体操風景

ラジオ体操が行われるのは“1年365日”。さすがに台風の時は休みますが、雨の日も広場にある東屋やお城の庇の下などを利用します。とは言っても厳しい決まりなどがあるわけではありません。鈴木会長は「だれでも気軽に参加できるのがここの良いところ。」と言います。平成19年まで会長を務めた鈴木一徳さんは「山へ来たら、おはようという挨拶と笑いの二つは欠かさないよう皆に伝えてきました。」と話し、入りやすい雰囲気づくりを推進してきました。

◎楽しく健康に毎日を過ごす


左から平山さん、鈴木(靖)さん、
鈴木(一徳)さん、小松さん、上野さん

こうした和気あいあいの会で、今でも時折話題に上るのが104歳まで体操を続けられた会員のこと。107歳で天寿を全うされましたが、皆で誕生会を祝うなど会員の一つの心の拠り所だったそうです。

また、ウォーキングやカラオケ大会など時に親睦を深めていますが、この会場ならではのビッグイベントは元旦に揃って初日の出を拝むこと。「毎年7時5分ごろなので、ちょうどよい時刻。体操して拝んでお神酒をいただくのがこたえられないです。この時は集まる会員も多い。」(鈴木会長)とか。楽しく健康に毎日を過ごすための工夫が随所にみられるラジオ体操会のモデルのように見えました。

【2016年12月1日掲載】

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岩田 道子(いわた みちこ)さん

《東京都墨田区》

◎ラジオ体操第二を叩き込まれた経験

ラジオ体操第二の放送が開始されて間もない昭和28年。中学生だった岩田さんは体操部に所属、ラジオ体操第二の実技を叩き込まれました。その頃、ラジオ体操は徒手体操の一種目であり団体競技でした。他の4名の部員とともに揃って美しく行うために繰り返し練習したのです。その後のラジオ体操との深い関わりの原点になりました。

一方、高校では体操選手として国体に参加、大学は地元の山口大学教育学部体育科へ進学します。卒業後は千葉県柏市の麗澤高校に体育教諭として就職しましたが、結婚のため3年で退職。この間、山口国体では同県の代表チームの監督代行として出場しました。

◎体操教師とラジオ体操指導者を同時併行


岩田さん

高校退職後の10年間は子育てに専念。30代の後半に入って麗澤大学の非常勤講師として復職するとともに、結婚して第二の故郷となった墨田区で、友人に誘われてラジオ体操講習会に参加します。岩田さんはこの時のことを今でもよく覚えています。講師の馬場保先生(元NHKラジオ体操指導者)から初対面なのに、いきなり「ステージへ上がってくれ。」と言われたのです。アシスタントを指名されたのでした。墨田区ラジオ体操連盟からも声がかかり指導部員としての活動を始めました。

52歳の時に一念発起、筑波大学大学院へ社会人入学を果たします。二年間の勉強の後、選んだ修士論文のテーマはラジオ体操に関わる高齢者の健康意識でした。

◎燃え尽き症候群の「反対」

岩田さんはこの春から墨田区ラジオ体操連盟の会長に就任しました。麗澤大学の社会人講座のほかに日本映画大学の非常勤講師も続けています。多くの仕事を続けられる理由をうかがうと「燃え尽き症候群の反対です。」との答えが返ってきました。結婚でいったん退職した後、十年後に復職しますがその後ずっと非常勤で来ています。これが「ある種の不完全燃焼感を抱えることになって、それだからダラダラ続けられます。」と笑いを交えてのお答えです。

さて、気になる高齢者の健康保持の秘訣については「全身の筋肉を使うラジオ体操、心肺機能を保持するウォーキング、加えて軽い負荷を付ける筋トレ系のダンベル体操などを日課としては如何か。」とのアドバイスをいただきました。

【2016年11月22日掲載】

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武蔵野市ラジオ体操会連盟(むさしのしらじおたいそうかいれんめい)さん

《東京都武蔵野市》

◎多数の女性理事が活躍

武蔵野市ラジオ体操会連盟は昭和53年7月、その2年前の桜堤会場に続いて中央公園会場が立ち上げられたのを機に創立されました。名誉会長であり、現在は山梨県北杜市に移住している入戸野(にっとの)藤子さんが草分けです。以後、精力的な活動で市内に会場を増やしました。この4月にできた上水南公園を含めて8会場が運営されています。

現在の会員数は160名で、各会場に2、3名の理事を置いて会員の指導に当たっています。平成9年に入戸野さんからバトンタッチを受けた会長の宮下みさ子さんをはじめ22名の理事の内、16名が女性です。

◎会場ごとにメニュ−を工夫


上水南公園での朝の体操風景

各会場での毎日の活動は、以下の手順を基本とします。まず6時25分からカセットテープを使い、みんなの体操。30分からはラジオに切り替えて第1、第2を行い、40分からは中国体操を5分程度行います。その後は、会場によってレクリェーション体操(音楽に合わせて行う。)や上海医療体操を行うところもあります。変わったところでは、たとえば吉祥寺のデパート前会場では、体操終了後に井の頭公園に防犯パトロールを兼ねて一周します。この場合は、6時からほぼ8時まで、毎朝2時間の運動をすることになります。

「基本のラジオ体操のほかは各会場ごとに工夫して運動メニューが作られています。理事さんを中心に自主的に取り組まれているのが当連盟の特徴です。」(宮下さん)とのこと。

◎若い移住者の参加に期待


宮下会長

会長の宮下さんが体操会に参加したのは、まだ20代の頃。「よく泣く赤ん坊に手を焼いていたら、近所の方から外の空気を吸わせたらと誘われた。」のが最初でした。以後、子供は乳母車に乗せて通いました。「続けるうちに貧血症、低血圧でひ弱だった自身の体質が改善されて、遂には休むと調子が上がらない。」というまでになりました。今では旅行中も体操の時間になると、じっとしていられなくなり「駅のホームや羽田のロビーでも人目を気にせずにやります。」と言います。

会長としての目標は「平成30年に40周年を迎えることもあり、各会場の参加者数を増やしたい。市内の再開発で若い住民が増えており期待している。」とのことでした。

【2016年11月22日掲載】

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新海 信太郎(しんかい しんたろう)さん

《山梨県甲府市》

◎闘病経験が決意を後押し

新海さんがラジオ体操に本格的に取り組み始めたのは、サラリーマン生活も第二ステージに入った60歳を迎えたころです。東京都大田区に住まいがあり、近くの洗足池ラジオ体操会へ通いました。赤坂にある職場の始業は午前9時からで、6時半の体操を終えてからでも出勤に支障はありませんでした。毎日休むことなく続けるうちに、退職後の社会との関わりの中心にラジオ体操の指導をという考えが浮かびます。

東京都連盟の講習会にも参加して指導者の列に加わりました。実は、新海さんには40代から50代初めにかけて難病にかかって闘病しながら勤務という辛い体験があり、それがこうした決意を後押ししたのです。

◎ミニ登山とラジオ体操を毎朝欠かさない


新海さん

平成4年に退職、故郷に近く勤務経験もある甲府市に居を定めます。ここでもすぐに地元のラジオ体操会に参加しました。それが「甲府愛宕山ラジオ体操の会」でした。この愛宕山は標高430メートルで、展望台からは富士山を背景に甲府市街を一望できます。頂上にあるラジオ体操会場へは、麓の住宅地から200メートルは登らねばなりません。歩いて登り、ラジオ体操を行って帰ってくるまで1時間半以上かかります。

新海さんが移住したころ、会員は150人いました。気候の良いときは毎朝通うという人が4、50人いて、年間無休組は10人前後でした。新海さんはそのうちの一人となり、直ぐに推されて副会長となります。そして8年前には会長となりました。

◎大雪のとき会場への道を作る

平成26年2月15日、甲府市は114センチという観測史上始まって以来の大雪に見舞われました。愛宕山のラジオ体操は当然休みになりましたが、新海さんはこの翌日から冬山登山の支度をして現地へ出かけました。初日は、積雪の状況を見て二日目から単独でスコップを使った通り道の除雪作業に取りかかったのです。19日までかかって除雪と踏み固めを行い、歩いて行けるようにしました。家の周りの雪かきはそれを終えた後でした。

現役時代の勤め先がお役所だったこともあり、ラジオ体操会でもその事務能力の高さが重宝がられた新海さんですが、この除雪作業で改めてリーダーの本領を発揮したのでした。

【2016年12月1日掲載】

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新発田ガス株式会社(しばたがすかぶしきがいしゃ)さん

《新潟県新発田市》

◎機構改革に合わせて導入


本社事務室での朝のラジオ体操

新発田ガス株式会社は昭和57年にラジオ体操への取組みを始めました。当時、社内で機構改革が実施され組織変更があるとともに、社屋の移転などがありました。取り組みは二代目社長の発案であり、社員の安全、健康保持の本来の目的に加えて心機一転の狙いがあったとされています。

導入にあたっては、社員に正しいラジオ体操を習得させたいとして、講師に「新発田市朝のラジオ体操会」会長を迎えて一か月にわたって講習が行われました。また「幹部指導者」資格取得や夏の巡回ラジオ体操会への参加奨励などの浸透策が打たれています。

現在は毎朝8時20分から支店、本社の事務所内でラジオ体操第1を行っています。そのあと朝礼があり30分から始業です。支店で20名、本社で58名が参加しています。

◎くらしのワンストップサービス


常務の佐藤友哉さん

同社は新潟県新発田市、胎内市、聖籠町、阿賀野市、村上市などをエリアとする都市ガス会社です。また、グループにはプロパンガス供給会社、配管工事会社などがあり市民生活に深く関わって日々の業務に当たっています。業界は来年4月のガス事業全面自由化を控えて「新しい業態を構築する必要に迫られています。」(佐藤友哉常務)とし、同社としては「ガス、水道、電気とある、くらしのインフラにかかわるお客様の要望に対し、ワンストップでサービスできるようにしたい。」(同)と意欲的な目標を掲げています。

◎ラジオ体操のように当たり前に

本社に隣接するガスタンクには大きく顔がデザインされています。「顔の見える会社になろう」というスローガンを表したものですが、マスコットキャラクターとして様々な小物に活用しているほか着ぐるみもあって、子供たちの人気の的とか。佐藤さんは「とにかくお客様の近くにある、当たり前の会社であることを強調したいのです。その笑顔は社員の一人一人がお客様に向ける顔であるとともに、会社として世の中に向ける顔でもある。」と言います。

また、当たり前の会社とは「日本人にしっかり浸透したラジオ体操のように当たり前になることです。」と笑顔で応えていました。

【2016年12月16日掲載】

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山崎金属株式会社(やまざききんぞくかぶしきがいしゃ)さん

《福井県福井市》

◎ラジオ体操で毎日がスタート

山崎金属(株)高木スチールセンターの朝は、7時50分のラジオ体操から始まります。事務棟と成型工場前のスペースを、全員が囲むように整列してラジオ体操第一を行います。終わると5項目の「誓いの言葉」を朝礼当番が読み上げ、皆が唱和します。当番の一言発言があり、所長訓示が続いて朝礼は終了となります。きっかり8時には、配送のトラックにエンジンがかかるとともに、それが合図のように職場が一斉に動き始めます。同センターの毎朝の決まり事です。

◎ラジオ体操がまさしく必要とされる職場


朝のラジオ体操風景

同社は福井県を中心に展開する建設資材の専門商社です。高木スチールセンターには、来店客対応などを主とする販売部門、顧客の工場や現場などへ品物を運ぶ配送部門、センター内の工場で金属品の成型加工などをする成型部門、それに外勤の営業部門の4つの部門があります。

所長の河野英樹さんは、始業前のラジオ体操について「商社と言っても、営業は建築現場へ出て足場を上ったり、時には屋根へ上がったりもします。内勤とみなされる販売も工場へ指示書を届ける仕事があります。配送や成型は言うまでもなく肉体労働が欠かせません。ラジオ体操がまさしく必要とされる職場だと思います。」と語っています。

◎家族的社風で継続


河野さん

同社のラジオ体操導入は30数年前とのことですが、そのきっかけは、女性社員による「職場の安全、加えて健康にも良いのでやりませんか。」という提案でした。上からの押し付けではありませんでした。そうした家族的な社風は今も継続されていて、バーベキュー、ボーリング大会、社員旅行、クリスマスパーティーと年に4回の全社の親睦の機会を持っています。その際、ラジカセとラジオ体操のCDがお供することもあるとか。

21年前の途中入社時に「ラジオ体操は小学校の夏休み以来で戸惑った。」という河野さんですが、「体だけでなくこころにもスイッチが入ります。若い社員にもしっかり引き継いでいきます。」と力強いお話をいただきました。

【2016年11月22日掲載】

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西林 クニ子(にしばやし くにこ)さん

《岐阜県岐阜市》

◎40年にわたって指導を続ける

埼玉県大宮出身の西林さんが、岐阜市へ移り住んだのは昭和40年。高校の体育教師として赴任しました。その後、子育てのため退職しますが同54年には短大の幼児教育科教諭となって教育の現場に復帰します。大学で器械体操の選手だったことから、この復帰とほぼ同時に岐阜県ラジオ体操連盟の指導者になり現在に至っています。以来、現在の新たな制度(公認指導者資格認定試験)ができるまで、夏期巡回ラジオ体操認定指導者講習会の講師を務めています。その当時は朝9時から午後の5時まで講習があって、講習最後には認定試験があり、皆、正しいラジオ体操を身に付けるために、くたくたになるくらい真剣に取り組んだそうです。

◎ロコモ予防にラジオ体操


西林さん

長い年月、ラジオ体操の指導を続けてきた西林さんですが、意外なことに「本当の意味でラジオ体操の良さが分かってきたのはここ10年くらい。」と言います。65歳以上が4人に1人(平成27年度調査)という現在、80年近くも前に、少子高齢化が進む社会になるとは考えなかったとは思いますが、体のためになる体操、即ち、「国民保健体操」が制定されたのは実に、先見の明があったと感心しているそうです。昭和26年、現在のラジオ体操に変わりましたが、根本的な事は変わらず、わずか3分間で、無理なく全身を動かすラジオ体操はロコモティブシンドロームの予防に最適な体操だと思っているので、西林さん自身がその良さを身を持って証明したいと願っているそうです。

◎これからは!!

今後、岐阜県ラジオ体操連盟としては、県内の珍しい素晴らしい取り組みを発掘し、全国に発信していきたいと思っていて、発掘第1号は「頼もしい中学生の取り組み。」で、全国ラジオ体操連盟のイベント情報に掲載しました。また、将来子ども達が健康な生活を送ることができるように、小学校の普及活動にも力を入れたいということでした。

【2016年11月22日掲載】

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菊水山登山会(きくすいやまとざんかい)さん

《兵庫県神戸市》

◎都会の山頂でラジオ体操

兵庫県神戸市は海岸に延びる中心市街地と丘陵地にある住宅団地からなっており、すぐ背後には山が迫っています。六甲山をはじめとする山々は、登山にハイキングにと地元の人々に親しまれています。菊水山もその一つで標高は458メートルあります。菊水山登山会は、そうした山好きが集まって昭和54年に結成されました。そのうち頂上近くの広場で毎朝ラジオ体操を行うグループができたのが平成10年です。

通常は60〜70人、夏は100人ほどが集まって6時半からラジオ体操第1、第2を行います。広場から50メートルほど登ったところが頂上ですが、そこではさらに早い時間に有志がコーラスなどをしています。都会の山らしいにぎやかな様子が目に見えるようです。

◎「菊水山病院」の異名も


広場での朝の体操風景

会員は大半が毎日、菊水山へ登ります。それ以外に月例会として県内ときには県外の山へ足を延ばします。「集合してそのまま出発するごく近い山が年に2〜3回、バスを利用するのがやはり年に2〜3回。あとは電車に乗る距離の山とバラエティを考えています。」(浅野一義代表)と言います。会の活動は、ほかに美化活動やグリーンパトロールなどがあり、また他団体の行事にも参加するなど活動は多彩です。

浅野代表は「山へ毎日行って足腰を鍛えているわけですが、それにラジオ体操が加わるので最強です。ここへ通えば病気が治るというので『菊水山病院』などという言葉もあるぐらいです。」と笑います。

◎和やかな雰囲気の会


代表の浅野さん

その浅野さんは、代表になって2年目を迎える5代目です。退職した平成19年から本格的に菊水山へ登り始めて7500回を数えます。自身の趣味も登山で昨年まで毎年夏には2泊3日の行程を組み、日本百名山にチャレンジしました。

豊富な行事内容が示すように、それらのプランづくりから様々な準備と代表の役割はなかなか骨が折れそうですが、「この歳で病気一つなしでこられたのも会のおかげと思っています。」とし「平成30年の創立40周年にむけて記念イベントを模索中。」とか。この会の良さは「和やかな雰囲気とそれによる人間関係の良さにある。」と語っていました。

【2016年12月16日掲載】

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株式会社ファデコ(かぶしきがいしゃふぁでこ)さん

《島根県安来市》

◎脳と体を活性化する

株式会社ファデコは昭和47年の法人化を機にラジオ体操を開始しました。昭和49年に入社した現社長の藤原敏孝さんは「当時は社員も12〜3人でのんびりした雰囲気でした。1、2、3と皆で掛け声をかけてやっていたのは懐かしい思い出です。」と語っています。以後、43年を経た現在まで途切れることなく毎朝8時15分からラジオ体操第1を実施しています。導入した先代社長と同様に藤原さんは「脳と体を活性化して今日も一日がんばるぞという気持ちになる。それが大事なこと。」と考えています。

◎ストレスをためない職場環境づくり


本社工場前での朝のラジオ体操

同社は平成8年にそれまでの藤原鉄工所から、迅速で正確な切削技術を意味する現社名に変更しました。精密加工、難削材加工で仕上げる自動車、OA機器、産業機器などの部品を製造しています。高い精度の要求される航空機やリニアモーターカー向けの部品も受注しています。全生産量は月間400万個にのぼります。

社員60名のうち女性が40名と女性の比率が高いこともあり、日ごろから社内の良好なコミュニケーションづくりやストレスをためない環境整備に力を入れています。藤原社長は「産業医の講話を聴くなどのヘルスチェックのほか、女子会を開いて社長が意見を聞くなどの機会をつくっている。」そうです。

◎工場の統合を機にラジオ体操第2の導入を


社長の藤原さん

同社は車で5分ほど離れた場所にある第二工場を本社に統合する計画で、本社の増設に着手しています。完成は来年6月を予定しています。生産の効率化が狙いですが、併せて新卒採用も進めており増産にも対応できる体制となりそうです。

藤原社長は「新たな体制における健康づくりは、ラジオ体操以外にも社員が参加できるものを考えたいと思っています。ラジオ体操そのものもこれまで本社と第二工場と別れて行っていた朝の体操を一本化するのに合わせ、第1に加えて第2も取り入れたいと思っています。時間が2倍になるけれども社員の健康には代えられませんから。」と話しています。同社の新たな取り組みに拍手です。

【2016年12月16日掲載】

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株式会社村上製作所(かぶしきがいしゃむらかみせいさくしょ)さん

《香川県さぬき市》

◎幼いころに目にした工場でのラジオ体操

株式会社村上製作所では、毎朝8時10分から長尾工場(さぬき市)、高松工場(高松市)、中国事務所(大連市)の各拠点でラジオ体操第1を行っています。全社員208名のうち160名が勤務する長尾工場では、通常は部署ごとに体操、朝礼をしますが月に1回は全員が集合してラジオ体操、朝礼を実施します。その際は、当番が台に立って指導する決まりです。

同社は今年創立70周年を迎えました。ラジオ体操をいつから始めたかについて、とくに資料は残っていないそうですが、5代目社長で37歳の村上幸平さんは「祖父(2代目社長)に連れられて工場へ遊びに行った幼いころに目にした記憶があります。」と言います。

◎重視されてきたラジオ体操


長尾工場製造ラインでの朝のラジオ体操

同社は油圧機器を中心とする産業機器部品メーカー。治水や利水に関わる技術分野で基礎のノウハウを蓄積し、そこに油圧を加えた「流体」に関わる分野へと発展してきた歴史があります。現在、主力の長尾工場で地元のクレーンメーカー向けの油圧シリンダーなど油圧関連製品を、本社を置く高松工場では水門など水関連製品を生産しています。

村上さんは「2006年に修行先から戻った時、工場内のメイン通路で二列にきちんと整列してラジオ体操が行われているのを見ました。会社で重要視されているなと感じました。」とし、ラジオ体操を再認識したそうです。

◎ベトナム研修生にラジオ体操を指導


社長の村上幸平さん

長尾工場には現在4名のベトナムからの研修生がいます。教えねばならないことが山ほどある中で、最初に習得してもらったのがラジオ体操でした。村上さんは「ラジオ体操は車で言えば暖機運転といったところですが、良い製品を作るうえでラジオ体操をするのとしないのとでは全く違うと思います。彼らにも我々のその思いは通じていると思う。」と語っています。「モノづくりには、まずラジオ体操」の伝統が海を渡って外国へ根付く日が訪れるかもしれません。

【2016年12月16日掲載】

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仙味エキス株式会社(せんみえきすかぶしきがいしゃ)さん

《愛媛県大洲市》

◎会社創業時から実施

仙味エキス株式会社では毎朝8時15分から全社員がラジオ体操第一を行います。事務部門は晴れた日は事務棟の屋上で、雨の日は同じビル2階にある多目的ホールで実施。製造・研究部門は晴れの日は屋外、雨なら屋内でします。月に1回は全員が多目的ホールに揃って行っています。体操の後は朝礼があり8時半から始業します。事務部門は30名、製造・研究部門は70〜90名が参加しています。

ラジオ体操の導入は創業の昭和51年からであり、創業者で現会長の筬島(おさじま)一治氏の発案によるものでした。「スタート時、従業員は10人といませんでしたが、怪我をしないようにとの配慮だったと聞いています。」(杉本孝至常務)とのことです。

◎理想の味と健康寄与目指す


多目的ホールでのラジオ体操

同社は漁業が盛んな愛媛県八幡浜市に、小魚などを原料とする天然調味料メーカーとして設立されました。その後、業容の拡大に合わせて畜肉なども取り入れ、調味料だけでなく健康保持を目的とする機能性食品素材も開発しています。製品のほとんどは水産練り製品、冷凍食品、即席麺、惣菜などの食品会社へ商社などを通じて販売、その数は1000社にのぼります。社長の筬島克裕さんは「仙味という社名は、仙境もしくは仙人という言葉からイメージしたものです。つまり前者は理想的な味、後者は不老長寿を意味しており当社の一つの企業目標を表しています。」と語っています。

◎今後もしっかり活用


社長の筬島克裕さん

同社では春の花見会(社員の家族も参加)、夏の社員旅行、秋の芋煮会、暮れの忘年会と四季それぞれに機会を設けて社員の親睦を深めています。若い社員が多く、バドミントンやボウリングなどの部活動も活発です。最近人気のある愛媛マラソンにも毎年何名かが参加します。ラジオ体操について筬島社長は「商談でアメリカへ出かけた折りに、現地の日本企業が共同作業時に初顔合わせでありながらいきなり揃ってラジオ体操を始めて、向こうの人に驚かれたという話を聞きました。違和感とかではなく、羨ましがられたのだと思います。」と話しています。その表情からは、これからもラジオ体操をしっかり活用したいとの思いが伝わってきました。

【2016年12月1日掲載】

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松元機工株式会社(まつもときこうかぶしきがいしゃ)さん

《鹿児島県南九州市》

◎創業者の厳しい体操指導

松元機工株式会社では、毎朝7時55分から正門を入ってすぐの広場に全員が整列してラジオ体操第1を行います。雨の日はそれぞれの部署ごとに屋内で実施します。また、毎週月曜日にはその後に朝礼があります。従業員の健康増進と労働災害防止を目的に40年以上前から導入されています。

現相談役で創業者の松元芳見氏はとりわけラジオ体操への思い入れが深く、それだけ従業員への指導も厳しかったそうです。1日の始まりであるラジオ体操をしっかりやることが、その日の仕事の充実につながるとの信念で「しっかり手を伸ばしなさいとか音楽に合わせてとか、一人一人にダメだしをしていました。」(松元雄二社長)という徹底ぶりでした。

◎お茶の産地振興に寄与


事務棟前での朝のラジオ体操

同社は昭和31年にオートバイや農機具の修理工場としてスタートしましたが、茶の生産者から機械化の相談を受けたのをきっかけに茶の刈り取り機の開発に乗り出しました。その後、人が乗って運転する乗用型摘採機など茶に関するもののほか、さとうきび収穫機などにも進出、農業機械メーカーとして特徴のある存在です。

茶の栽培というと山間部の傾斜地で行われる印象がありますが、南九州では土地を平坦に整備して畑がつくられており機械化に適しています。栽培農家と機械メーカーが手を携えて産地の振興を図ってきたと言え、現在、南九州市は市町村単位では全国一の茶の生産地となっています。

◎伝統を守り正しい体操を


社長の松元雄二さん

同社3代目の社長である、松元雄二さんは今後の社業の展開について「お茶やさとうきび対象の既存の中心商品は需要が一巡していますので、新たな柱が必要と考えています。そのため毎年新製品を開発していますが、今後は加えて海外にも目を向けたい。」と抱負を語っています。

ラジオ体操については「当社のように材料搬入から加工、塗装、組立てと一貫工程の工場では厳しい肉体労働がついて回ります。きちんと正しい体操で災害防止するという伝統をしっかり守っていきます。」と力強く話していました。

【2016年12月16日掲載】

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